FC2ブログ

“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 地震の巻 第三帖 Kellyさん的解釈 “その一”


 
 今回から、地震の巻 第三帖の解釈に入ることとする。 第三帖の原文は以下の通り。

愛の影には真があり、真の影には愛がはたらく。 地上人の内的背後には霊人があり、霊人の外的足場として、地上人が存在する。 地上人のみの地上人は存在せず、霊人のみの霊人は呼吸しない。 地上人は常に霊界により弥栄する。 弥栄は順序、法則、形式によりて成る。 故に、順序を追わず、法則なく、形式なき所に弥栄なく、生れ出て呼吸するものはあり得ない。 個の弥栄は、全体の弥栄である。 個が、その個性を完全に弥栄すれば全体は益々その次を弥栄する。 個と全体、愛と真との差が益々明らかになれば、その結合は益々強固となるのが神律である。 霊界と物質界は、かくの如き関係におかれている。 其処にこそ、大生命があり、大歓喜が生れ、栄えゆくのである。 更に、極内世界と極外世界とが映像され、その間に中間世界がまた映像される。 極内世界は生前、極外世界は死後、中間世界は地上世界である。 極内は極外に通じて 
渦巻き 左回転 を為す。すべて一にして二、二にして三であることを理解せねばならない。 かくして、大神の大歓喜は、大いなる太陽と現われる。 これによりて、新しく総てが生れ出る。 太陽は、神の生み給えるものであるが、逆に、太陽から神が、更に新しく生れ給うのである。  渦巻き 左回転 は絶えずくりかえされ、更に新しき総ては、神の中に歓喜として孕(はら)み、生れ出て、更に大完成に向って進みゆく。 親によって子が生れ、子が生れることによって親が新しく生れ出ずるのであることを知らねばならない。 されば、その用に於ては千変万化である。 千変万化なるが故に、一である。一なるが故に、永遠である。愛は愛に属する総てを愛とし、善となさんとするが故に悪を生じ、憎を生じ、真は真に属する総てを真とし美となさんとする故に偽を生じ、醜を生ずるのである。 悪あればこそ、善は善として使命し、醜あればこそ、美は美として生命するのである。 悪は悪として悪を思い、御用の悪をなし、醜は醜として醜を思い、御用の醜を果たす。共に神の御旨の中に真実として生きるのである。 真実が益々単にして益々充実し、円通する。されば、ローレンツ力と ○   の中の ローレンツ力 の中なる ローレンツ力と ○ の ローレンツ力 の中なる一切万象、万物中の最も空にして無なるものの実態である。 これが、大歓喜そのものであって、神は、この ローレンツ力 に弥栄し給えるが故に、最外部の ○ の外にも弥栄し給うことを知覚し得るのである。 始めなき始めの ローレンツ力 の真中の真空にいますが故に、終りなき終りの○ の外の無にいまし、中間に位する力の 渦巻き 左回転 の中に生命し給うのである。 一物の中の ローレンツ力 なるが故に一物であり、万象万物であることを知覚しなければならない。 生前の様相であり、呼吸するが故に死後の呼吸とつづき、様相として弥栄ゆるのである。 神が生み、神より出て、神の中に抱かれているが故に神と同一の歓喜を内蔵して歓喜となる。 歓喜に向かうとは親に向かうことであり、根元に通ずることである。 世をすて、外分的、肉体的諸欲をすてた生活でなければ、天国に通じ得ぬと考えるのは誤りである。 何故ならば、地上人に於ける肉体は、逆に霊の守護をなす重大な役目をもっているからである。 地上人が、その時の社会的、物質的生活をはなれて、霊的生活にのみ入ると云うのは大いなる誤りであって、社会生活の中に行ずることが、天国への歩みであることを知らねばならない。 天国をうごかす力は地獄であり、光明を輝かす力は暗黒である。 地獄は天国あるが故であり、暗黒は光明あるが故である。 因が果にうつり、呼が吸となりゆく道程に於て、歓喜は更に歓喜を生ず。 その一方が反抗すればするだけ他方が活動し、また、強力に制しようとする。呼が強くなれば吸も強くなり吸が長くなれば呼もまた長くなる。 故に地獄的なものも天国的なものも同様に、神の呼吸に属し、神の脈うつ一面の現われであることを知らねばならない。 天国に限りなき段階と無数の集団があると同様に、地獄にも無限の段階と無数の集団がある。 何故ならば、天国の如何なる状態にも対し得る同様のものが自らにして生み出されねばならぬからであって、それにより、大いなる平衡が保たれ、呼吸の整調が行なわれるからである。 この平衡の上に立つ悪は悪ではなく、偽は偽でなく、醜は醜でなく、憎は憎でなく、また地獄は地獄でない。 地獄は本来ないのである。 また、この平衡の上におかれた場合は、善も善でなく、美も美でなく、愛も愛でなく、そこでは、天国も天国ではない。只ひたすらなる大歓喜が弥栄ゆるのみである。

 今回解釈するのは
“愛の影には真があり、真の影には愛がはたらく。 地上人の内的背後には霊人があり、霊人の外的足場として、地上人が存在する。 地上人のみの地上人は存在せず、霊人のみの霊人は呼吸しない。 地上人は常に霊界により弥栄する。 弥栄は順序、法則、形式によりて成る。 故に、順序を追わず、法則なく、形式なき所に弥栄なく、生れ出て呼吸するものはあり得ない”
ここまでとする。

 冒頭の文。
“愛の影には真があり、真の影には愛がはたらく”

 “影”という表記が二回登場するが、これは映し出された形、の意である。 そして“愛”の表記に甘い(亜、魔、出ずる、泉。愛(炁)の間に魔が入った状態を指す)解釈をする人がいそうだが、愛(炁)の顕現には霊的成長度の高低において程度の差があるものであり、“日月神示”表記の“ケダモノ”に近い人間、目下(めした)(動物の心(靈)の段階)(大脳旧皮質と古皮質)の心(靈)の動き中止の人間は自分に対する愛(炁)しか行使しえないのであり、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)すればするほど、先の程度の低い愛(炁)から“慈悲(いつくしむ、かなしむ、心(靈)が(非)いたむ)”“慈愛(いつくしみ、いつくしむ)”になって、他者、一切の事象、そして自分、に対する高い愛(炁)を顕現しようとするし、自分に対しては自分自身の霊的成長を望むからこそ“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ“という表記を○○○大先生は使っているし、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)が“下”(低い心(靈))である人間を育てようとする際も、その人間の成長の段階に応じた“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”を行使するし、これがまたS会=紫光会の交霊会でよく言われた“神は乗り越えられない試練は与えない”、この文言の裏にあること。
 こういった霊的成長度の高低における“愛”の顕現、低い“愛”には“真”は感じられないが=“観察と認識”しえないが、高い“愛”、高くなればなるほどそこには“真”を観てとれるようになるというのが“愛の影には真があり”。
そして“愛”と“真”が個々の心(靈)の霊的成長の指標となる、どういった形で示すか、どう顕現するか、それを鑑みる、智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)で鑑みるならばそれはまっとうな進化(霊的成長、神格化に向かうこと)への“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)となっていく、その意が“真の影には愛がはたらく”であると解する。

次の文。
“地上人の内的背後には霊人があり、霊人の外的足場として、地上人が存在する。 地上人のみの地上人は存在せず、霊人のみの霊人は呼吸しない”

 “地上人”と“霊人”、これは第二帖で説かれた“分類”と“形式”であり、この文言そのものはその両者が無ければならない、互いに相関しているものである。
その意が“地上人のみの地上人は存在せず、霊人のみの霊人は呼吸しない”であり、“存在せず”は他者から認識しえないの意、“呼吸しない”は息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)しえない、の意、そして互いの関係として“地上人の内的背後には霊人があり、霊人の外的足場として、地上人が存在する”と述べられている。

 次の文。
“地上人は常に霊界により弥栄する。 弥栄は順序、法則、形式によりて成る。 故に、順序を追わず、法則なく、形式なき所に弥栄なく、生れ出て呼吸するものはあり得ない”

 これも先の“地上人”と“霊人”の相関を述べており、その両者があってこその“弥栄”、霊的成長、神に近付くことそのもの、であるの意。 そして“弥栄”は、個々の心(靈)の“観察と認識”において“順序、法則、形式によりて成る”、そういうものであると認識され得るの意であり、これはまた進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)と言え、ローム太霊の言葉の“法(のり)”であるとも言いうるし、これに準じる、これに沿った存在の在り方、それが“弥栄”=進化(霊的成長、神格化に向かうこと)であるの意が“順序を追わず、法則なく、形式なき所に弥栄なく、生れ出て呼吸するものはあり得ない”であり、この“呼吸”は先にも解釈したが息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)のことである。

 今回はこれくらいにしときまんねん。



Top

HOME

tuyukusanotuyu




 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
FC2ブログへようこそ!


Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
(クリックで拡大)

2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
(クリックで拡大)


発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
(クリックで拡大) 

お近くの書店にない場合は
たま出版のサイトでお買い求めください。

発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
(クリックで拡大)

お近くの書店に無いときは
たま出版のサイトでお買い求めください。

この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




初めての方は、
・・・その後の事と・・・これからの事。
からお読みください。

それぞれのカテゴリーをクリックすると
古い順に、記事が閲覧できます。

        

☆ Kellyさん的事象の観察と認識 (107)
Kellyさんがこのブログに霊縁あった人(日止、霊止)に伝えたい事 (24)
Kellyさんと○○○大先生との会話 (7)
Kellyさんとチョ~極上ラブラブ中高年夫婦はんとの会話 (6)
Kellyさんとチョ~ベッピンはんのA野はんとの会話 (7)
Kellyさんと∪・ω・∪ ▼・。・▼ ▼・。・▽ U・。・U U。・ェ・。U たちとの会話 (34)
Kellyさんとメタボ研修医のYっちゃん先生との会話 (2)
Kellyさんとややメタボ内科医のYっちゃん先生との会話 (7)
Kellyさんと和風のベッピンはんのSはんとの会話 (2)
Kellyさんと農業好きの社長婦人K地M美はんとの会話 (12)
KellyさんとNominyan ∥*σ_σ*∥&Senyapoo λ*゜ο゜*λ との会話 (6)
☆ Kellyさん的“日月神示”解釈 (603)
Kellyさんが、“日月神示”の解釈をして行くに当たって・・・考えた事。 (46)
“日月神示” 上つ巻 (42)
“日月神示” 下つ巻 (38)
“日月神示” 富士の巻 (26)
“日月神示” 天つ巻 (30)
“日月神示” 地つ巻 (36)
“日月神示” 日月の巻 (68)
“日月神示” 日の出の巻 (23)
“日月神示” 磐戸の巻 (21)
“日月神示” キの巻 (17)
“日月神示” 水の巻 (36)
“日月神示” 松の巻 (30)
“日月神示” 夜明けの巻 (26)
“日月神示” 雨の巻 (18)
“日月神示” 風の巻 (15)
“日月神示” 岩の巻 (11)
“日月神示” 荒の巻 (27)
“日月神示” 地震の巻 (93)
☆ Kellyさん的“ローム太霊講話集”解釈 (149)
☆ 紫光会経文の文言 Kellyさん的解釈 (18)
☆ ○○○大先生的バシャールの文言解釈 (9)
☆ 先生が撮るけったいな花の写真 (22)
☆ 先生が撮る比較的まともな写真 (32)
☆先生が室内で写真を撮るときのセッティング (6)
その他 お知らせ (3)



fxwill.com


2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




飢餓救済のホームページ

JWord クリック募金

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード