FC2ブログ

“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、45年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 地震の巻 第五帖 Kellyさん的解釈 “その四”



 今回も、地震の巻 第五帖の以下の文言(先回の続き)を解釈することとする。

しかし、天国や極楽があると思念することは既に無き地獄を自らつくり出し、生み出す因である。 本来なきものをつくり出し、一を二にわける。 だが、分けることによって力を生み弥栄する。 地獄なきところに天国はない。 天国を思念する処に地獄を生ずるのである。 善を思念するが故に、悪を生み出すのである。 一あり二と分け、はなれてまた、三と栄ゆるが故に歓喜が生れる。 即ち、一は二にして、二は三である。 生前であり、生後であり、死後であり、尚それらの総ては○ である。 ○ は 
渦巻き 左回転 であり ローレンツ力と ○ であり、 ローレンツ力 と集約される。 故に、これらの総ては無にして有である。 

 先回取り上げた文言の要旨は
“一貫して弥栄し、大歓喜より大々歓喜に、更に超大歓喜に向って弥栄しつつ永遠に生命する真相”
であり、これを“地上人”向けに“生前”“地上人”“死後”という“分類”と“形式”において、その“分類”と“形式”にかかわらず
“超大歓喜に向って弥栄しつつ永遠に生命する”
ということを述べていたし、そういった観点から言えば、お前たちの認識しうる“生前”“地上人”“死後”において
“地獄的なものはあり得ない。 川上で濁しても川下では澄んでいるのと同様である。 要するに、生前には、地獄がなく、生後にも、死後にもまた地獄はない”、
そこに“善”と“悪”があり“因縁”があるのだが、それが顕現したとお前たちが認識してもしても一切が“弥栄”である。
それは
“地上人的に制限されたる感覚の範囲に於ては、悪と感覚し、偽と感覚し得る結果を来す場合もあるが、それは何れもが弥栄”
ということを述べていた。 これも“悪と感覚し、偽と感覚し得る結果”、その“場合”であっても“何れもが弥栄”なのだの意。

 これに相対し、今回取り上げる文言は、“生前”“地上人”“死後”における“弥栄”、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の過程、道程、換言すれば自分たち個の心(靈)が“観察と認識”している時間の経過、そしてそれに伴う進化の段階、そこにおけるお前たちの心(靈)の動きは、
“天国や極楽があると思念することは既に無き地獄を自らつくり出し、生み出す因である”
こういったことをしている、と述べられている。
なぜそれをするのかについて、
“本来なきものをつくり出し、一を二にわける。 だが、分けることによって力を生み弥栄する。 地獄なきところに天国はない。 天国を思念する処に地獄を生ずるのである。 善を思念するが故に、悪を生み出すのである”
と述べられている。 
 この文言の“本来なきもの”は文脈から判断すれば“無き地獄を自らつくり出し、生み出す因”にかかるのであり、この
“自らつくり出し”と
“天国を思念する処に地獄を生ずる”と
“思念するが故に、悪を生み出す”、
これを、それぞれ個の心(靈)が行っている、その行いは個の心(靈)の内面とか内側(心の中と感じている事)における“思念”であるし、“思念”あるが故に“観察と認識”が為されていくものである。 そしてこれを行うこと事態が“天国”と“善”の認識を確たるものとしていくのだ、ということを示しているものである。
またこういったこと、“思念”して“観察と認識”をしていくこと自体を“本来なきものをつくり出し、一を二にわける”と称されており、これが無ければ“弥栄”しえないのだ、と述べられており、“本来なきもの”は先に述べた通り“無き地獄を自らつくり出し、生み出す因”であり、これを“思念”によって“分けることによって力を生み弥栄する”と述べられているものである。
それは個の心(靈)における“思念”が無いならば“弥栄”、個の心(靈)と“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、の、“弥栄”にはならないのだと読み取るべきであるし、この事をお前たち“地上人”は知っておけよ、ということである。

これに続く
“一あり二と分け、はなれてまた、三と栄ゆるが故に歓喜が生れる。 即ち、一は二にして、二は三である”

この“一あり二と分け”は、“思念”による“分類”と“形式”、これを“観察と認識”していく、さらにそれは“はなれてまた、三と栄ゆる”、これは“本来なきもの”を“分類”と“形式”として“観察と認識”していく個の心(靈)の行為は新たなものを生み出す=“一”でもなく、“一”から“分け”た“二”でもない“三”を生じていくのだし、こういったこと事態が“弥栄”であるの意を述べられ、“即ち、一は二にして、二は三である”とは、“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、の、“弥栄”なのだ、の意である。
 またこの行為、個の心(靈)の行いである“思念”と“観察と認識”は、“上”からの振動の取り込み、感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)と同義であるの意がこれに続く、
“生前であり、生後であり、死後であり、尚それらの総ては○ である”
この“それらの総ては○ ”、霊=○、荷電粒子の場(フィールド)と称され、さらに“生前であり、生後であり、死後であり”は“弥栄”の過程、道程の意である。

 これに続く
“○ は 
渦巻き 左回転 であり ローレンツ力と ○ であり、 ローレンツ力 と集約される。 故に、これらの総ては無にして有である”

これは霊=○、荷電粒子の場(フィールド)が有している進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の仕組みを指し、“○ は 
渦巻き 左回転 であり”とは、霊=○、荷電粒子の場(フィールド)が日足(ひたり)回転(“善(神格化の方向性と智性の受信)”の回転)により“弥栄”するの意であり、それは“上”からの振動の取り込み、霊自体のローレンツ力 ローレンツ力 によって、それゆえ霊=○、荷電粒子の場(フィールド)が構成されているからこそ“ ローレンツ力と ○ であり”であり、さらにそれは個の心(靈)が持つローレンツ力の強化になり得るからこそ“  ローレンツ力 と集約される”と称され、個の心(靈)の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の過程における“分類”と“形式”、“天国”と“地獄的なもの”、そして“善”と“悪”、その“観察と認識”は“弥栄”の過程、“超大歓喜に向って弥栄しつつ永遠に生命する”ものである個の心(靈)の行いであり、これに続く
“故に、これらの総ては無にして有である”
は、“本来なきもの”を“分類”と“形式”として“思念”して“観察と認識”することは先に述べた通り“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、の、“弥栄”になる、なり得る、それは“弥栄”という点で“有”である、これを換言するならば、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)にとって価値のあることである、という解釈が“観察と認識”が狭い“地上人”向けには妥当な文言かもしれない。

 今回はこれくらいにしときまんねん。




Top

HOME

tuyukusanotuyu




 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
FC2ブログへようこそ!


Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
(クリックで拡大)

2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
(クリックで拡大)


発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
(クリックで拡大) 

お近くの書店にない場合は
たま出版のサイトでお買い求めください。

発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
(クリックで拡大)

お近くの書店に無いときは
たま出版のサイトでお買い求めください。

この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




初めての方は、
・・・その後の事と・・・これからの事。
からお読みください。

それぞれのカテゴリーをクリックすると
古い順に、記事が閲覧できます。

        

☆ Kellyさん的事象の観察と認識 (105)
Kellyさんがこのブログに霊縁あった人(日止、霊止)に伝えたい事 (23)
Kellyさんと○○○大先生との会話 (7)
Kellyさんとチョ~極上ラブラブ中高年夫婦はんとの会話 (6)
Kellyさんとチョ~ベッピンはんのA野はんとの会話 (7)
Kellyさんと∪・ω・∪ ▼・。・▼ ▼・。・▽ U・。・U U。・ェ・。U たちとの会話 (33)
Kellyさんとメタボ研修医のYっちゃん先生との会話 (2)
Kellyさんとややメタボ内科医のYっちゃん先生との会話 (7)
Kellyさんと和風のベッピンはんのSはんとの会話 (2)
Kellyさんと農業好きの社長婦人K地M美はんとの会話 (12)
KellyさんとNominyan ∥*σ_σ*∥&Senyapoo λ*゜ο゜*λ との会話 (6)
☆ Kellyさん的“日月神示”解釈 (582)
Kellyさんが、“日月神示”の解釈をして行くに当たって・・・考えた事。 (25)
“日月神示” 上つ巻 (42)
“日月神示” 下つ巻 (38)
“日月神示” 富士の巻 (26)
“日月神示” 天つ巻 (30)
“日月神示” 地つ巻 (36)
“日月神示” 日月の巻 (68)
“日月神示” 日の出の巻 (23)
“日月神示” 磐戸の巻 (21)
“日月神示” キの巻 (17)
“日月神示” 水の巻 (36)
“日月神示” 松の巻 (30)
“日月神示” 夜明けの巻 (26)
“日月神示” 雨の巻 (18)
“日月神示” 風の巻 (15)
“日月神示” 岩の巻 (11)
“日月神示” 荒の巻 (27)
“日月神示” 地震の巻 (93)
☆ Kellyさん的“ローム太霊講話集”解釈 (115)
☆ 紫光会経文の文言 Kellyさん的解釈 (18)
☆ ○○○大先生的バシャールの文言解釈 (9)
☆ 先生が撮るけったいな花の写真 (22)
☆ 先生が撮る比較的まともな写真 (32)
☆先生が室内で写真を撮るときのセッティング (6)
その他 お知らせ (3)



fxwill.com


2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




飢餓救済のホームページ

JWord クリック募金

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード