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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、45年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 地震の巻 第八帖 Kellyさん的解釈 “その一”


 
 今回から、地震の巻 第八帖の解釈に入ることとする。 第八帖の原文は以下の通り。

生前の世界に、霊人が生活している。 山があり、川があり、住宅、衣類、食物がある。 しかし、それは最初からのものではない。 それらの元をなす 
ローレンツ力 が歓喜していた、その ローレンツ力 が生後、地上世界にうつされて、地上的約束の下に生長し、秩序されたがため、その結果が、死後の世界につづき、死後の世界の様相は ローレンツ力 の原理によって、生前世界に移行して、生前的に進展し、弥栄し、その ローレンツ力 を幾度となく繰り返すうちに、漸次、内的 ローレンツ力 に向って弥栄する面と、外的、地上的に進む ローレンツ力 と、その交叉融和することによって更に生み出され弥栄する ローレンツ力 と、その各々が各々の立場に於て、すすみ、呼吸し、脈うち、生命していると同時に、全体的にも生命し、歓喜し、弥栄している。 而して、その現われとしては、和せば和するほど相離れ、遠ざかりつつ生長する。 また、生命の大歓喜として湧き出ている。 故に、地獄にあらざる地獄的霊界、天国にあらざる天国的霊界は、霊人により生み、霊人により育てられると同時に、人々により生み、人々により育てられ、歓喜されるのである。 かく弥栄進展するが故に、人類も霊人類も、各々その最後の審判的段階に入る迄は、真の三千世界の実相を十分に知り得ない。 故に、新天新地の来る迄、真の天国を体得し得ない。 新天新地の新しき世界に生れ出づる自己を知り得ない。 この新天新地は幾度となく繰り返されているのであるが、何れも ローレンツ力 の形に於けるが如く同一形式のものではあるが、同一のものではない。 より小なるものより、より大なるものが生れ、より大なるものより、より小なるものが生れ、より新しきものより、より古きものが生れ、より古きものより、より新しきものが生れ、弥栄し、一つの太陽が二つとなり、三つとなり、更には一つとなることを理解しない。 月より地球が生れ、地球より太陽が生れると云うことを理解するに苦しむものであるが、最後の審判に至れば自ら体得し得るのである。 これは外部的なる智によらず、内奥の神智にめざめることによってのみ知り得る。 新天新地新人はかくして、生れ、呼吸し、弥栄える。 しかし、新人と生れ、新天新地に住むとも、その以前の自分の総ては失わない。 只その位置を転換されるのみである。 地上人が死後、物質的に濃厚なる部分をぬぎすてるが、その根本的なものは何一つとして失わず生活するのである。 その状態よりも尚一層、そのままであって何等の変化もないと思える程である。 蛆(ウジ)が蝶になる如く弥栄えるものであって、それは大いなる喜びである。 何故ならば、大歓喜なる大神の中に於て、大神のその質と性とをうけつぎ呼吸しているからである。 総てのものは歓喜に向かい、歓喜によって行為する。歓喜がその目的であるが故に、歓喜以外の何ものも意識し得ない。 故に、歓喜よりはなれたる信仰はなく、真理はなく、生命はない。 生前の霊人が地上人として生れてくるのも死ではなく、地上人が霊界に入るのもまた死ではなく、弥栄なる誕生であることを知らねばならぬ。 歓喜は行為となる。 行為せざる歓喜は、真実の歓喜ではない。 只考えたり意志するのみでは萌え出でない。 生命しない。 只意志するだけで行為しないことは、まことに意志することではない。 霊界に於ては意志することは直ちに行為となるのである。 地上人にありては物質によりて物質の中に、その意志を行為することによって始めて歓喜となり、形体を為し弥栄えるのである。 生前の霊界は、愛の歓喜、真の歓喜、善の歓喜、美の歓喜の四段階と、その中間の三段階を加えて七つの段階に先ず区別され、その段階に於て、その度の厚薄によりて幾区画にも区分され、霊人の各々は、自らの歓喜にふさわしい所に集まり、自ら一つの社会を形成する。 自分のふさわしくない環境に住むことは許されない。 否、苦しくて住み得ないのである。 若しその苦に耐え得んとすれば、その環境は、その霊人の感覚の外に遠く去ってしまう。 例えば、愛の歓喜に住む霊人は、その愛の内容如何によって同一方向の幾百人か幾千、幾万人かの集団の中に住み、同一愛を生み出す歓喜を中心とする社会を形成する。 故に、生前の世界では、自分の周囲、自分の感覚し得るものの悉くが最もよく自分に似ており、自分と調和する。山も川も家も田畑も、そこに住む霊人たちも、動物も植物も鉱物も、総て自分自身と同一線上にあり、同一の呼吸、同一の脈拍の中にあり、それらの総てが、大きな自分自身と映像する場合が多い。 自分は他であり、他は自分と感覚する。 故に、その性質は生後にも続き、地上人もその周囲を自分化しようとする意志をもっているのである。 しかし、地上世界は、物質的約束によって、想念のままには動かない。 死後の世界もまた生前と同様であるが、一度 物質世界を通過したものと、しないものとの相違が生じてくるのである。 だが、何れにしても物質世界との密接なる呼吸のつながりを断ちきることは出来ない。 物質は物質的には永遠性をもたず、霊は永遠性をもつが、霊的角度から見れば永遠性はもたない。 しかし、物質面より見れば永遠性をもつものであり、永遠から永遠に弥栄してゆくものである。 而して、永遠性をもつ事物は、地上的物質的事物を自分に和合せしめる働きを内蔵している。 無は有を無化せんとし、有は無を有化せんとし、その融合の上に生命が歓喜するのである。 無は有を生み、有は無を生み出す大歓喜の根本を知得しなければならない。

 今回解釈するのは
“生前の世界に、霊人が生活している。 山があり、川があり、住宅、衣類、食物がある。しかし、それは最初からのものではない。 それらの元をなす 
ローレンツ力 が歓喜していた、その ローレンツ力 が生後、地上世界にうつされて、地上的約束の下に生長し、秩序されたがため、その結果が、死後の世界につづき、死後の世界の様相は ローレンツ力 の原理によって、生前世界に移行して、生前的に進展し、弥栄し、その ローレンツ力 を幾度となく繰り返すうちに、漸次、内的 ローレンツ力 に向って弥栄する面と、外的、地上的に進む ローレンツ力 と、その交叉融和することによって更に生み出され弥栄する ローレンツ力 と、その各々が各々の立場に於て、すすみ、呼吸し、脈うち、生命していると同時に、全体的にも生命し、歓喜し、弥栄している”
ここまでとする。

 今回取り上げる文言中に幾度か登場する 
ローレンツ力 の表記、これは電荷を持った何かが自凝(おのころ)して発現した磁束によるローレンツ力であり、これ事態が進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の仕組み、“天津御空(あまつみそら)”=“上”からの振動=“創造”の“主(ヌシ)”の思惑を含んだ荷電粒子、あるいは“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、これを自らの霊的成長度により取り込んでいるとの解釈をここまで幾度となく述べてきた。 この事がしっかり理解できていないとこの第八帖の意味するところは読み解けないものである。

 この事を踏まえ冒頭の文。
“生前の世界に、霊人が生活している。 山があり、川があり、住宅、衣類、食物がある。しかし、それは最初からのものではない。 それらの元をなす 
ローレンツ力 が歓喜していた、その ローレンツ力 が生後、地上世界にうつされて、地上的約束の下に生長し、秩序されたがため、その結果が、死後の世界につづき、死後の世界の様相は ローレンツ力 の原理によって、生前世界に移行して、生前的に進展し、弥栄し、その ローレンツ力 を幾度となく繰り返すうちに、漸次、内的 ローレンツ力 に向って弥栄する面と、外的、地上的に進む ローレンツ力 と、その交叉融和することによって更に生み出され弥栄する ローレンツ力 と、その各々が各々の立場に於て、すすみ、呼吸し、脈うち、生命していると同時に、全体的にも生命し、歓喜し、弥栄している”

 最初に述べられている“生前の世界に、霊人が生活している。 山があり、川があり、住宅、衣類、食物がある。しかし、それは最初からのものではない”、これは読めば理解できるように“生前の世界”においても“山があり、川があり、住宅、衣類、食物がある”、これは“生前の世界”における現津(あきつ)、観察され得る事象の“観察と認識”由来のことであり、ありていに言えば“生前の世界”に位置している個の心(靈)も、“生活している”ことが述べられているが、大事なのはそれ自体が“最初からのものではない”ということである。
 それについてはこれに続く“それらの元をなす 
ローレンツ力 が歓喜していた”、これは“それらの元”=“生前の世界”の“霊人”の“生活”、これが成りたつのは、その“霊人”の霊的成長度の高低による“上”からの振動の取り込みの相違により、個の心(靈)自らによる事象の“創造”をしている、それは個の心(靈)自らが事象を展開しているのであり、それは事象の“創造”は個の心(靈)のローレンツ力により“上”からの振動を取り込んだうえ、それにより“創造”が行われているのだ、これを“それらの元をなす ローレンツ力 が歓喜していた”(この場合の“歓喜”は神に近付くの意)と称されており、これに続く“その ローレンツ力 が生後、地上世界にうつされて、地上的約束の下に生長し、秩序されたがため、その結果が、死後の世界につづき、死後の世界の様相は ローレンツ力 の原理によって、生前世界に移行して、生前的に進展し、弥栄し”これは輪廻転生、“生前”“地上人”“死後”という“分類”と“形式”において、まず“霊人”の“生活”が“生後”(地上)に反映していることを“その ローレンツ力 が生後、地上世界にうつされて、地上的約束の下に生長し、秩序されたがため”と述べられ、次に“生後”から“死後”に関して“その結果が、死後の世界につづき、死後の世界の様相は ローレンツ力 の原理によって、生前世界に移行して、生前的に進展し、弥栄し”と述べられており、文中の“その結果”というのは“地上世界”においての個の心(靈)の“観察と認識”している事象は、“地上世界”の“地上的約束の下に生長し、秩序された”それなのであり、それが“死後の世界につづき”と称されており、さらにそれは“死後の世界の様相は ローレンツ力の原理によって、生前世界に移行”=輪廻転生による個の心(靈)の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)所以の事象の“観察と認識”&事象の“創造”をしているのだ、それは“原理”なのだ、と述べられ、これら一切が“弥栄し”と括られているものである。 
 要は個の心(靈)の輪廻転生、“生前”“生後”“死後”という過程において、個の心(靈)と個の心(靈)が“観察と認識”しうる事象は、“上”からの振動の取り込みにより進化(霊的成長、神格化に向かうこと)=“弥栄”しているのだの意。
 これに続く“その 
ローレンツ力 を幾度となく繰り返すうちに”は、個の心(靈)の輪廻転生、“生前”“生後”“死後”であり、これに続く“漸次、内的 ローレンツ力 に向って弥栄する面と、外的、地上的に進む ローレンツ力 と、その交叉融和することによって更に生み出され弥栄する ローレンツ力 と”は、輪廻転生を重ねるうちに“漸次”(次第に、徐々に)、“内的”と“外的、地上的に進む”、これは内面とか内側(心の中と感じている事)と外側(外国と幽界)、という個の心(靈)が観察しうる事象の違いであり、日足(ひたり)と砌(みぎり)の極性でもあり、解り易く述べれば精神面(心(靈)(ヒ))の成長(“弥栄”)と、精神が反映した外側(外国と幽界)の事象、これは自分の心(靈)が“観察と認識”している肉体(月(ツキ))(※ “生前”“生後”“死後”においても必ず心(靈)(ヒ)に相対した肉体(月(ツキ))は観察しうるものである)をも含み、そして精神の反映である行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)を含んだもの、この二つの要素が必ずあるものであり、さらにこれは、個の心(靈)が“生前”“生後”“死後”の度の段階であっても内面とか内側(心の中と感じている事)と外側(外国と幽界)の事象は“観察と認識”しているものであり、その前置きが先の“生前の世界に、霊人が生活している。 山があり、川があり、住宅、衣類、食物がある”でもあるが、これら一切、個の心(靈)自体と、個の心(靈)が“観察と認識”している内面とか内側(心の中と感じている事)と外側(外国と幽界)の事象においても“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、であるからこそ“弥栄”するのであり、さらに“その交叉融和することによって更に生み出され弥栄する ”は、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を果たしながら輪廻転生していくと、内面とか内側(心の中と感じている事)と外側(外国と幽界)の事象の“交叉融和”により、“無限段階”の“弥栄”の“下”から“上”へ移行する、それは、個の心(靈)自体と個の心(靈)が“観察と認識”している事象が、さらに“弥栄”するのだと述べられているし、これとほぼ同義なのがこれに続く“その各々が各々の立場に於て、すすみ、呼吸し、脈うち、生命していると同時に、全体的にも生命し、歓喜し、弥栄している”であり、“各々が”は個の心(靈)であり、“各々の立場”は“無限段階”の事象、個の心(靈)の霊的成長度の高低における事象であり、“すすみ”は進化(霊的成長、神格化に向かうこと)、“呼吸し、脈うち”は息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)と息吹による“上”との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)であり、個の心(靈)の“弥栄”は“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、の“弥栄”でもあるから“生命していると同時に、全体的にも生命し、歓喜し、弥栄している”と称されている。

 今回はこれくらいにしときまんねん。




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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
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出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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“日月神示” 上つ巻 (42)
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
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