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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、45年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 地震の巻 第九帖 Kellyさん的解釈 “その二”



 今回も、地震の巻 第九帖の以下の文言(先回の続き)を解釈することとする。

霊の立場よりすれば、霊は善であって、体は悪、体の立場よりすれば、体は善であって、霊は悪である。 悪あればこそ善が善として救われ弥栄する。 善あればこそ悪は悪の御用を為し得るのである。 悪は悪善として神の中に、善は善悪として神の中に弥栄える。 力がそこに現れ、呼吸し、脈打ちて生命する。 故に生前の霊人は、生前界のみにては善なく、生命なく、地上人との交流によって始めて善悪として力を生じ、生命してゆく。 地上人は地上物質界のみの立場では悪なく、生命なく、生前界との交流によって始めて悪善としての力に生き、弥栄してゆく。 而して、尚地上人は死後の世界に通じなければならぬ。 死後の世界との関連により複数的悪善におかれる。 善悪善の立場におかれる場合が多いために、地上に於ける司宰神としての力を自ら与えられるのである。 善悪の生かされ、御用の悪として許されているのは、かかる理由によるものである。

 今回取り上げる文言は、文末の
善悪の生かされ、御用の悪として許されているのは、かかる理由によるものである”
これを説明しているのであり、その説明を述べなければならない理由は先回取り上げた事柄

●  “真実”と“生命”は、“霊”と“体”そして“善”と“悪”、この相関において派生する“力”、この“調和”が無ければ“真実”と“生命”ではない

●  “復霊、復力、復体”、これは何に“復”するのか、それは“弥栄”、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の方向性である

これを理解させるための文言と言いうる。

 冒頭の文。
“霊の立場よりすれば、霊は善であって、体は悪、体の立場よりすれば、体は善であって、霊は悪である”

 これは“霊”と“体”=心(靈)と肉体、物質、この二つにそれぞれの“立場”という表記を使っているが、心(靈)と肉体、物質、これはそれぞれを構成する振動が違うのだ、だから“立場”の違いがあるのだ、と解し、“地上人”が思う“地上的”な極めて狭い認識における“善悪”とは意味合いが違うものである。 この文言で述べている“善悪”は、その“立場”の相違ゆえの観方、感じ方を述べているのであって当然のことながらその振動の違いは同一ではないということをまず知っておけ、である。

 これに続く次の文は先の文に繋がる意味合いである。
“悪は悪善として神の中に、善は善悪として神の中に弥栄える。 力がそこに現れ、呼吸し、脈打ちて生命する。 悪あればこそ善が善として救われ弥栄する。 善あればこそ悪は悪の御用を為し得るのである。 故に生前の霊人は、生前界のみにては善なく、生命なく、地上人との交流によって始めて善悪として力を生じ、生命してゆく。 地上人は地上物質界のみの立場では悪なく、生命なく、生前界との交流によって始めて悪善としての力に生き、弥栄してゆく”

 この文言は、真ん中あたりから読んでいくと理解しやすい、それは
“故に生前の霊人は、生前界のみにては善なく、生命なく、地上人との交流によって始めて善悪として力を生じ、生命してゆく”
“生前の霊人”は物質である肉体を持つ心(靈)である“地上人”と“交流”して、“初めて善悪として力を生じ”それゆえ“生命してゆく”と称され
“地上人”は“地上物質界のみの立場では悪なく、生命なく”と前置きされたうえで“生前界との交流によって始めて悪善としての力に生き、弥栄してゆく”と述べらており、この文言を要約するならば“生前の霊人”は“地上人”と“交流”して“善”を“観察と認識”して“生命”となす、しかしながらその“交流”が無いならばそれは“生前界のみにては善なく、生命なく”ということになり、これに相対する“地上人”は“生前界との交流によって始めて悪善としての力に生き、弥栄してゆく”のであり、この地震の巻その者が“地上人”の“弥栄”のために書かれているからこそ、お前たち“地上人”は“生前の霊人”をよく知り、認識し、そこにおいてお前たちの“弥栄”の方向性、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)と換言してもよいが、それを見出さねばならないのだ、お前たち“地上人”の“観察と認識”はそれが足らないからこそ述べているのだ、と称されている。
 そしてそれは“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、いわゆる“神の中”においての“善悪”であるからこそ“悪は悪善として神の中に、善は善悪として神の中に弥栄える”のであり、その相関関係により“力がそこに現れ、呼吸し、脈打ちて生命する”、“生前”の“霊人”と“世界”、これに相対する“地上人”の相関関係により“力がそこに現れ”“呼吸し”=“生前”であろうが“地上”であろうが、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)して、“脈打ちて”=これは“弥栄”してと解し、それらにより“生命する”と述べられている。

 さらに今述べたこと、は次の文に続く。
“而して、尚地上人は死後の世界に通じなければならぬ”

 重複するが“地上人”は“生前の霊人”“生前の世界”と“死後の世界”、これは輪廻転生であるが、先に述べたことによりこれをよく知れ=“而して”(そうして、それだからこそ、の意)、そしてそれは“尚”一層、それを知ったうえで“地上人”の“立場”である自分自身の“善悪”を考え、自分の在り方、生き方を考えよ、“弥栄”せよ、である。

 次の文。
“死後の世界との関連により複数的悪善におかれる”

 “地上人”は“生前”の“霊”と“世界”を知り、さらに“死後の世界”を“観察と認識”したならば“地上人”が思う“善悪”は“複数的悪善におかれる”、これは“悪”により“善”を知る、また更に“死後”のことも知り得るからこそなお一層認識する、という意味合いで“複数的”な“悪善”という表記がされている。

次の文。
“善悪善の立場におかれる場合が多いために、地上に於ける司宰神としての力を自ら与えられるのである”
 
 文中の“司宰神”の“司宰”の意は、儀式などを管理、監督すること、であり、この表記が使われている理由と根拠は、今後=アセンション後に向かうため“弥栄”の方向性を監督管理する、であり、“善悪善”の表記は、まず自分たちが“善”を見出し、見出しても“地上人”は“悪”を行う、しかしながらそれは“復霊、復力、復体”するからこそ、最後に“善”が当てられており、先の“生前”と“死後”と“地上人”の相関関係をよく認識(悟り、幸取=さとり)とした心(靈)は、“地上に於ける司宰神としての力を自ら与えられる”これは霊的成長を果し得た“地上人”のことであるが、それを“司宰神としての力”を“自ら与えられる”と称されている。
さらに“善悪善”、これはローム太霊が述べた右往左往と左往右往と全く同義であるとも言いうる。
 
 上記のこれらのことがあるからこそ、冒頭で取りあげた次の文で括られている。
“善悪の生かされ、御用の悪として許されているのは、かかる理由によるものである”

 今回はこれくらいにしときまんねん。




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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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智性無き心は
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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