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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、45年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 地震の巻 第九帖 Kellyさん的解釈 “その三”



 今回も、地震の巻 第九帖の以下の文言(先回の続き)を解釈することとする。

善のみにては力として進展せず無と同じこととなり、悪のみにても また同様である。 故に神は悪を除かんとは為し給わず、悪を悪として正しく生かさんと為し給うのである。 何故ならば、悪もまた神の御力の現われの一面なるが故である。 悪を除いて善ばかりの世となさんとするは、地上的物質的の方向、法則下に、総てをはめんとなす限られたる科学的平面的行為であって、その行為こそ、悪そのものである。 この一点に地上人の共通する誤りたる想念が存在する。 悪を消化し、悪を抱き、これを善の悪として、善の悪善となすことによって、三千世界は弥栄となり、不変にして変化極まりなき大歓喜となるのである。 この境地こそ、生なく、死なく、光明、弥栄の生命となる。

 今回取り上げる文言は、先回取り上げた“善悪の生かされ、御用の悪として許されている”、これに関する詳細な説明と言いうるし、お前たち“地上人”が今後=アセンション後には、どういう認識(悟り、幸取=さとり)を持つべきなのかを説かれている。

 冒頭の文。
“善のみにては力として進展せず無と同じこととなり、悪のみにても また同様である。 故に神は悪を除かんとは為し給わず、悪を悪として正しく生かさんと為し給うのである。 何故ならば、悪もまた神の御力の現われの一面なるが故である”

 この文言も逆から読むと意味が通じやすい、それは“悪もまた神の御力の現われの一面なるが故”なのであり、“悪”を“観察と認識”した個の心(靈)は“善”を認識しうる、それは先々回取り上げた“復霊、復力、復体”、“弥栄”、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の方向性、これに“復”するために“二義的”な事柄の“善悪”を“観察と認識”する必要性が、個の心(靈)の“弥栄”には必要なのであり、よって“故に神は悪を除かんとは為し給わず、悪を悪として正しく生かさんと為し給う”のだ、と称され、たった今の程度の低い“観察と認識”しか出来得ない“地上人”向けに、“善のみにては力として進展せず無と同じこととなり、悪のみにても また同様”なのだ、“御用の悪”が無ければ、お前たちは“弥栄”しないし“大歓喜”に近付くこともできないのだ、と称されている。

 次の文。
“悪を除いて善ばかりの世となさんとするは、地上的物質的の方向、法則下に、総てをはめんとなす限られたる科学的平面的行為であって、その行為こそ、悪そのものである。 この一点に地上人の共通する誤りたる想念が存在する”

 これは平均的地球人の“善悪”に対する低い認識を揶揄した言い回しである。
 それは“地上人”であろうが地球上の一切の下等な生物であろうが、進化を果たして動物を食わなくなり戦争を起こさない地球人より“上”の進化した宇宙人であろうが、あるいはもっと“上”の存在であろうが、あるいは場(フィールド)としての進化程度の低い地球であろうが、“上”から“下”まで一切を包括している全宇宙であろうが、これらを換言すれば、どんなに霊的成長度が低かろうがあるいは神に近かろうが、“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、が神である、それはまた“創造”の“主(ヌシ)”の“創造”の結果であるということを“地上人”はあまり考えたこともないであろう。 
 そしてその“地球人”は、自分たちと同程度の霊的成長度、これに相対した霊的成長度の低いものの心(靈)の動きや行いを観るならば、その程度の低さから“悪”と認識しうるものである。
例えば、たった今の地球の“悪(心の動きの本能化と低振動化)”は、人間同士が奪い合いを行い、奪い合いは殺し合いにまでなっており、その心(靈)の動きには、欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとかが台頭しているものでもある。 
 そして人間より少し“下”の動物たちには、弱肉強食という進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)における“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)があると言いうるし、これは“日月神示”表記の“ケダモノ”“獣”と呼称されうる人間にも該当することであり、またそれ以下、爬虫類や魚類、あるいはもっと“下”の軟体動物、さらに下等な微生物や細菌に至るまで、自分以外の物質の取り込み=捕食ということをして自分の命をつなぎながら少しづつ“上”に進化しようとしているものであることを、“地上人”は知識としてしか知り得ないし、そこに地球上におけるすべての生命の進化の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)ということを見出していないものである。 
 それで“地上人”にとって理解しやすい、判別しやすい“悪”については、○○○大先生が著書で述べた恨みの連鎖の霊的干渉を増大させ、地球上を悪霊だらけにしてその憑依による醜い事象が台頭しているが、これを理解したら自分はどう在るべきか、“どういうつもり”で生き、自分たちは何をすべきか、これが先々回取り上げた“復霊、復力、復体”に相当することであるし、そのために“御用の悪”を先の“神は悪を除かんとは為し給わず、悪を悪として正しく生かさんと為し給う”のであり、これも“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)である神が個の心(靈)の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を望む“神の采配”と言いうるので“悪もまた神の御力の現われの一面なるが故”であり、ここまでのことを理解したならば“悪を除いて善ばかりの世となさんとするは、地上的物質的の方向、法則下に、総てをはめんとなす限られたる科学的平面的行為”の意味は理解でき得る。
 それは、霊的成長度の低いものは、その低い段階の霊的成長度における程度の低い心(靈)の動きと行動をするのが妥当であり、仮に自分がそれそのものを“悪”と見做したならば、どう在るべきか考える心(靈)の動き(智性(神性))を人間である“地上人”は持っているものである。 そこにおいて “悪を除いて善ばかりの世となさんとする”ならば、すべての生命、“上”から“下”までの一切の生命の進化はあり得ないことを知ることが出来る。 
 そして、たった今の地球上における恨みの連鎖の霊的干渉、それ所以の醜い事象を観るならば、これを起こさないことを考えるであろうが、これはたった今の地球の進化の段階には必須の要綱、そしてその地球上に位置している人間はこれを観て“悪(心の動きの本能化と低振動化)”を認識し“善(神格化の方向性と智性の受信)”の心(靈)の動きと“創造”を果たそうとするからこそ、その資質を持った人間だけをより分ける“創造”の“主(ヌシ)”の計画、今後=アセンション後の事象というものがある。
 これに関しては先に解釈した“新天地”“新天新地”“新天新地の新しき世界に生れ出づる自己”という表記、その辺りの解釈を参照されたい。

第七帖 “その二”
“来るべき新天地には、悪を殺さんとし悪を悪として憎む思念はなくなる。 しかし、それが最高の理想郷ではない。 更に弥栄して高く、深く、歓喜に満つ世界が訪れることを知り、努力しなければならぬ”
第八帖 “その三”
“かく弥栄進展するが故に、人類も霊人類も、各々その最後の審判的段階に入る迄は、真の三千世界の実相を十分に知り得ない。 故に、新天新地の来る迄、真の天国を体得し得ない。 新天新地の新しき世界に生れ出づる自己を知り得ない”

 また“悪を除いて善ばかりの世となさんとする”、これは自分の心(靈)の動き、自分の行動以外は認めない、という心(靈)の動きも台頭しており、自我の肥大であると言いうる、そういった人間は程度の低い存在の行いを妥当だと思わない、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”にはそれ相応の妥当な心(靈)の動きと行動があることを認めないものであるが、これは自我より“上”の心(靈)である“慈悲”と“慈愛”ではなく、単に“悪を除いて”にすぎないことに気付くべきであり、それを“悪を除いて善ばかりの世となさんとするは、地上的物質的の方向、法則下に、総てをはめんとなす限られたる科学的平面的行為”、この“平面的行為”は“事象を観察する視野が狭い”に相当し、先に述べた自分以外は認めないという自我の肥大が台頭した心(靈)の動きと言えるから“その行為こそ、悪そのもの”=“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、その中においての程度の低い進化過程から高いものに至るまでの一切の進化、“弥栄”を認めないということになり得る。 よってこれに関して“この一点に地上人の共通する誤りたる想念が存在する”と指摘されているものである。

 これに続く次の文。
“悪を消化し、悪を抱き、これを善の悪として、善の悪善となすことによって、三千世界は弥栄となり、不変にして変化極まりなき大歓喜となるのである。 この境地こそ、生なく、死なく、光明、弥栄の生命となる”

 これは先の“新天地”“新天新地”“新天新地の新しき世界に生れ出づる自己”という表記の意味合いをよく理解するために述べられており、“悪を消化し、悪を抱き、これを善の悪として、善の悪善となすことによって、三千世界は弥栄となり”は、先に述べた事柄に該当することである。
これがまた、たった今の“地上人”の理解の及ぶ範囲の“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、における“弥栄”であり、ことに“善の悪”、もう一つ“善の悪善”、それは“善(神格化の方向性と智性の受信)”を認識するための“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の認識ということであるが、これをしっかり認識しうる人間でなければ“新天新地の新しき世界に生れ出づる自己”にはなり得ないといいうる。
これに続く“不変にして変化極まりなき大歓喜”の意は、霊的成長度の高低に観られる“善悪”も含め、すべてが神であり、そこには“弥栄”による進化があり、この“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)は“不変にして”と称されており、霊的成長度の高低による妥当な息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)と行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)があるからこそ、“変化極まりなき”と称され、これが“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)であるからこそ“大歓喜となるのである”のであり、これに続く“この境地こそ、生なく、死なく、光明、弥栄の生命となる”、自分たち個の心(靈)は、“生前”“地上人”“死後”という過程を経て再び“生前の霊人”となり“生後”“地上人”となり“死後”…という繰り返しをして“弥栄”する段階であるが、ここまでの認識を確たる自分の認識(悟り、幸取=さとり)とする=“この境地”に至ったならば、もっと進化して“生なく、死なく、光明、弥栄の生命となる”、生死を超えた個の心(靈)となり得るのだと称されている。

今回はこれくらいにしときまんねん。




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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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