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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、45年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 地震の巻 第十帖 Kellyさん的解釈 “その二”



 今回も、地震の巻 第十帖の以下の文言(先回の続き)を解釈することとする。

生前と死後は同一線上におかれているが同一ではない。 地上には、物質的形式があり、霊界には霊的形式がある。 その形式は歓喜の交叉し、発する処によって自ら成るものである。 形式なくしては合一なく、力なく、形式あるが故にものが総てに合一し、弥栄し、力し、大弥栄するのである。 形式の中に和することは、その個々が、差別されているからである。 差別し、区分せられることは、その各々に、各々が共通する内質をもつからである。 共通性なきものは、差別し、区分することができない。 霊界と現実界との関係はかかるものであるが故に、常に相応し、力し、力を生じ、また常に、相通じて力を生みゆく。 これは、平面的頭脳では、中々に理解しがたいのであるが、この根本原理を体得、理解し得たならば、神、幽、現、三界に通じ、永遠に弥栄する大歓喜に住するのである。 

 今回の文言も先回同様、“地上人”の“観察と認識”という立場を前提に述べられている。

 冒頭の文。
“生前と死後は同一線上におかれているが同一ではない”

 まず“生前と死後は同一線上におかれている”というのは、お前たち“地上人”から観るならば“生前”であろうが“死後”であろうが、肉体を持たない霊ぐらいの認識しかないだろうが、そうではなく、輪廻転生、“地上人”が“死後”に移行して、平均的地球人の霊的成長度においては自省(胸の磁性“十”)の“行”をまっとうして心(靈)が育ち、そして“上”の許可を得たならば“生前の霊人”という過程に入っていき、さらに心(靈)が育ち、その後、“地上人”となる。 この“死後”の直後と“地上人”となり得る“生前の霊人”を比較するならば、心(靈)の育ち具合には程度の差がある。 よって“同一ではない”と称されている。

 次の文。
“地上には、物質的形式があり、霊界には霊的形式がある。 その形式は歓喜の交叉し、発する処によって自ら成るものである”

 これも“地上人”という立場において“地上”と“霊界”に対し“観察と認識”をして“形式”と認識しうるのであるということが述べられているが、“その形式”と観察しうる理由と根拠は、個々の心(靈)そのものに神に近付くという意味合いの“歓喜”があり、“歓喜”所以の“弥栄”を“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)としているからこそ、“地上”と“霊界”という個の心(靈)が位置する場(フィールド)を認識しうる。
 また“地上”と“霊界”という場(フィールド)の違い、いわゆる“形式”は、一切の生命は神に近付く、個の心(靈)においては霊的成長を“道”(時間の進行)と“理(ミチ)”(法則性)に沿って、果たしていくものであるからこそ、個々の心(靈)の霊的成長の段階においてそこに位置するのであるから、“その形式は歓喜の交叉し、発する処によって自ら成る”と称され、これはそこに場(フィールド)が在るという意味合いではなく、個の心(靈)の中に現津(あきつ)、観察され得る事象として、地震の巻の表記を引用するなら“映像される”、心(靈)の中に事象は映っていると述べられており、これはこのブログ内で使った表記「霊的成長度の高低における事象の遭遇」に当たるものでもある。 

 次の文。
“形式なくしては合一なく、力なく、形式あるが故にものが総てに合一し、弥栄し、力し、大弥栄するのである。 形式の中に和することは、その個々が、差別されているからである。 差別し、区分せられることは、その各々に、各々が共通する内質をもつからである”

 この文は文末の“各々が共通する内質をもつ”ということに対しての理解が無いと意味が読み解けない。 
“共通する内質”というのは先の“歓喜”、神に近付くことそのものであり、その遠近、神から遠いか近いのか、その段階の差が霊的成長度であり、“個々が、差別されている”と“差別し、区分せられる”と称され、それは個の心(靈)を含んだ“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、には、この段階の差があるものである。
その差を個の心(靈)が認識するからこそお前たちは育つのだ、“弥栄”するのだ、そして神に近付くのだ、その前提として、神と自分の差を見出すのだ、また“形式”、先の“地上”と“霊界”という場(フィールド)の違いをお前たちが認識し、認識したうえで自分はどう育つべきか、を考えるならそれは、“その一”で取りあげた以下の文言どおりになる。

“霊、力、体の三つがよりよく調和する処に真実が生れ、生命する。 これは根元からの存在であり用であるが、動き弥栄する道程に於て、復霊、復力、復体の
渦巻き 左回転   (うごき)をなす”

これに対し以下のように解釈した。

“霊、力、体”これは、“霊”=心(靈)、“体”=肉体(月(ツキ))、物質、そして“善”と“悪”、これは“善(神格化の方向性と智性の受信)”と“悪(心の動きの本能化と低振動化)”と解し、その“霊”と“体”そして“善”と“悪”、この相関関係において生じる“力”、これについて述べられているものであるし、この相関関係と“力”があって“三つがよりよく調和する処に”と前置きされたうえで“真実が生れ、生命する”と述べられ、逆から読めば“真実”と“生命”は、“霊”と“体”そして“善”と“悪”、この相関において派生する“力”、この“調和”が無ければ“真実”と“生命”ではない、ということである。

 上記引用文内の“力”、それは“真実が生れ、生命する”と称されているが、そのために個の心(靈)各々が行う作業として“形式”=“地上”と“霊界”を認識して“形式あるが故にものが総てに合一”ということを思い、行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)すること事態が“弥栄し、力し、大弥栄”であり、文言中の“大弥栄”は、さらなる成長と解するし、それがあってこそ“その一”の“復霊、復力、復体”ということにもなり得るのだ、ということを読み取るべきである。

 次の文。
“共通性なきものは、差別し、区分することができない。 霊界と現実界との関係はかかるものであるが故に、常に相応し、力し、力を生じ、また常に、相通じて力を生みゆく”

 冒頭の“共通性なきもの…以下略…”は先の文言の補足であり“霊界と現実界との関係はかかるものである”に関しても、“霊界”と“現実界”=“地上人”が現実と認識している“地上”、ということであり、“霊界と現実界との関係はかかるものであるが故に、常に相応し、力し、力を生じ、また常に、相通じて力を生みゆく”、これも個の心(靈)が認識しうる“差別”“区別”、これに“形式の中に和すること”において“故に、常に相応し、力し、力を生じ、また常に、相通じて力を生みゆく”と称されているものである。

 次の文。
“これは、平面的頭脳では、中々に理解しがたいのであるが、この根本原理を体得、理解し得たならば、神、幽、現、三界に通じ、永遠に弥栄する大歓喜に住するのである”

 この“平面的頭脳”はかなり揶揄(やゆ)した表記であり、お前たち“地上人”、平均的地球人の霊的成長度の心(靈)では、“その一”で取りあげたように“死後”も“生前”も“知得”してないから“中々に理解しがたいのである”、こういう言われ方をされており、これすら解らないからこそ、霊的成長度の高低とか、神に近付く意の“歓喜”とか“弥栄”とか、“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、に、“各々が共通する内質”があるのだ、ということを“根本原理”と称して説明されているものである。
このことを理解したならば個の心(靈)である自分は“神、幽、現、三界に通じ”、すべての場(フィールド)に自分の在り方を見出す、それは神に近付くことであり霊的成長であることを理解する、その理解があるならば、個の心(靈)である自分は“永遠”の存在であり、自分自身そのものが神の一部であることも認識(悟り、幸取=さとり)していくからこそ“永遠に弥栄する大歓喜に住する”と称されているものであるが、“地上人”の霊的成長度では“平面的頭脳”でしかないことをよく知っておけよ、ということでもある。

 今回はこれくらいにしときまんねん。



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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
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心(靈)の二面性であり、
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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