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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、45年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 地震の巻 第十一帖 Kellyさん的解釈 “その六”



 今回も、地震の巻 第十一帖の以下の文言(先回の続き)を解釈することとする。

また前者は曲線的であって消極面を表に出し、後者は直線的であって積極面を表に出している。 また前者は愛に住するが故に、主としてOとUの音が多く発せられ、後者は智に住するが故に主としてEとIの音が多く発せられている。 そして、その何れもがA音によって統一要約する神密極まる表現をなし、またそれを感得し得る能力をもっている。 しかし、これらOU、EI及びAの母音は想念の  
ローレンツ力 をなすものであって、地上人よりすれば、言葉そのものとしては、感得し得ないことを知らねばならないのである。 霊界に於ける音楽もまた同様であって、愛を主とした音楽はO及びUを多分に含み、曲線的であり、真を伝える音楽はI及びEの音が多く、直線的である。 それは、言葉そのものが かかる内質をもっており、各々が霊界に於ける生命の歓喜の表現なるが為である。 またこれら霊人の言葉は、天的の韻律をもっている。 即ち愛を主とするものは、五七七律を、真を主とするものは、三五七律を主としているが、その補助律としては、千変万化である。 言葉の韻律は、地上人が肉体の立体をもっている如く、その完全、弥栄を示すものであって、律の不安定、不完全なものは、正しき力を発揮し得ず、生命力がないのである。

 今回の文言中の“前者”は、先回取り上げた
“歓喜の現われとしての愛に位置している霊人の言葉は、善的内容を多分に蔵している。 故に、柔らかくして連続的であり”
であり、“後者”は
“歓喜の現われとして真に位置する霊人の言葉は、智的内容を多分に蔵している。 故に、清く流れ出でて連続的ではなく、或る種の固さを感じさせる。 そしてそれは月の光と、水の如き清さとを感じさせる”
であり、この“霊人の言葉”は息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)、“一二三”のオーラのことである。

 それで冒頭で述べられているように
“前者は曲線的であって消極面を表に出し、後者は直線的であって積極面を表に出している”、
これは“愛”と“真”の違い、というよりも、個の心(靈)がこの二つの要素を“観察と認識”したならば、ということが述べられ、これに続く
“また前者は愛に住するが故に、主としてOとUの音が多く発せられ、後者は智に住するが故に主としてEとIの音が多く発せられている”
このアルファベット表記の“OとU”と“EとI”、これはローマ字表記と同等と解し、“風止麻邇言霊学(ふとまにことだまがく)”から引用すれば
“オ”は生命発生の元根と説明されているが、この“オ”に関しては、物質を伴った進化=肉体を持った進化のこと
“ウ”は、生物を生み出す力と説明されている。 産土の太神の“ウ”に相当するもの
これが“歓喜の現われとしての愛に位置している霊人の言葉”そして“善的内容を多分に蔵している”、その要素と言え
“エ”は、“上”に向かう事、神格化に向かう事、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の意味、その道理=“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)
“イ”は、生気生命の発生力
これが“歓喜の現われとして真に位置する霊人の言葉”そして“は、智的内容を多分に蔵している”、その要素である。

 これに続く“そして、その何れもがA音によって統一要約する神密極まる表現をなし、またそれを感得し得る能力をもっている”
この“A音によって統一要約する神密極まる表現”の“A”は
“ア”は、天より地に降った生命の初声、究極生命の符音、事の初め、アはそれ生之雷(イノチ)に至らす
であり、“亜”(人の心(靈)が認識しうる)根元の何か、究極微粒子)であり、これは“創造”の“主(ヌシ)”の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)の根元と“観察と認識”しうるものである。
 それで“A音によって統一要約する神密極まる表現”の“A”は“創造”の“主(ヌシ)”の息吹を、個の心(靈)が“亜”(人の心(靈)が認識しうる)根元の何か、究極微粒子)と認識しうる要素とも言いうる。

 これに続く次の文。
“しかし、これらOU、EI及びAの母音は想念の  
ローレンツ力 をなすものであって、地上人よりすれば、言葉そのものとしては、感得し得ないことを知らねばならないのである”

これは、お前たち“地上人”の物質的肉体にとらわれた“観察と認識”では“言葉そのものとしては、感得し得ない”、“霊人の言葉”の息吹を“言葉”として認識できないの意であり、“霊人の言葉”をお前たちの言葉や文言で表現するする資質もない、しっかり認識する資質もない、要は智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)が足らない、の意である。
 そしてさらに“想念の  
ローレンツ力 をなすもの”、これはこの前の文言の“これらOU、EI及びAの母音”にかかるが、この“OU、EI及びA”の“母音”とは、やはり“霊人”の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)であり、この息吹による“上”との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)において、“上”からの振動を自らが取り込む意で“ (それぞれの界(現界、幽界、霊界、神界)における肉体に相当するもののローレンツ力)ローレンツ力をなすもの”と称されているものである。

 これに続く次の文は“霊人の言葉”で構成されていると思える“音楽”について述べられている。
“霊界に於ける音楽もまた同様であって、愛を主とした音楽はO及びUを多分に含み、曲線的であり、真を伝える音楽はI及びEの音が多く、直線的である”

 これに続く次の文は、先の“音楽”をも含めた“言葉”、それは息吹、“一二三”のオーラ、について述べられている。
“それは、言葉そのものが かかる内質をもっており、各々が霊界に於ける生命の歓喜の表現なるが為である”

 この文言中の“かかる内質をもっており”が重要な要旨であり、その“内質”とは、個の心(靈)それぞれが相対する個の心(靈)の息吹から感じ取る“愛”と“真”と解するべきであるし、それはまた“各々が霊界に於ける生命の歓喜の表現なるが為”ということを、“愛”の程度も低く“真”など言葉でしか知らない“地上人”はよく鑑みるべきである。

 これに続く次の文。
“またこれら霊人の言葉は、天的の韻律をもっている。 即ち愛を主とするものは、五七七律を、真を主とするものは、三五七律を主としているが、その補助律としては、千変万化である”

 文中の“愛を主とするものは、五七七律”“真を主とするものは、三五七律”と述べられており、これは言葉の数そのものでもあるだろうが、“五”は、糸巻の象形文字、神経が密になった(羅)生命(生きる使命=存在理由)のことであり、“七”は、“一”=智性=1番目のオーラと乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)した人間の思想と行動といえ、“三”は、“一二三”のオーラ。なので、“五七七律”は、それぞれの界、現界、幽界、霊界、神界、において心(靈)に相対する肉体に相当するがあるから、その肉体の神経が密になった様、それは肉体の進化であり、そこに智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)由来の乚部(いんぶ)、人の思惑の顕現を、日足と砌(ひたりとみぎり)の極性においてなす、の意が、“七七”である。 そして“三五七律”は“一二三”のオーラが、進化した肉体における智性(神性)由来の行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)で発振、発信される様を示すものと解し、このことそのものを“律”と称され、“律”は、のり、おきて、さだめ、いましめ、(規律、律令、戒律のそれ)、あるいは、のっとる(則)、法則にしたがう、の意である。
 それで“愛を主とするものは、五七七律を、真を主とするものは、三五七律”は、“愛”と“真”を感得させうる息吹であり、その根源と言いうるのは先の“OU、EI及びA”の“A”、“亜”(人の心(靈)が認識しうる)根元の何か、究極微粒子)、“ア”は、天より地に降った生命の初声、究極生命の符音、事の初め、アはそれ生之雷(イノチ)に至らす、であり、これに続く“その補助律としては、千変万化である”とは、“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、を、個の心(靈)が“観察と認識”して感じ得る多様性と言いうる。

 これに続く次の文。
“言葉の韻律は、地上人が肉体の立体をもっている如く、その完全、弥栄を示すものであって、律の不安定、不完全なものは、正しき力を発揮し得ず、生命力がないのである”

 冒頭の“言葉の韻律は、地上人が肉体の立体をもっている如く、その完全、弥栄を示す”は、先の“律”による息吹、それが“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、に影響する、その振動が響き渡るさまを“韻律”と称し、それが“完全、弥栄を示す”と称され、さらに“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、は、神そのものと言ってもよいが、神は巨大人の構造を持つが故に“言葉の韻律は、地上人が肉体の立体をもっている如く”と称され、これがまた“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、は、神そのもの、の、“律”であるから“律の不安定、不完全なものは、正しき力を発揮し得ず、生命力がない”といえ、これは“創造”の“主(ヌシ)”も被造物と言いうる個の心(靈)も、換言すれば一切の生命が、この“律”による、あるいは支配されている、“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)である、とも言いうるし、これは以前、読者会でテーマにしたことがあるプレアデス人のセムジャーゼが、マイヤーに伝えた文言

「すべての上に立つ唯一の者が、個々の創造物を支配する生と死の力を所有しているのです。それは、すべてを支配する法則を決める創造主なのです。それらの法則は犯すことができず、それ自身永久に正しいものなのです。私たちがそれらの法則を探し求めるときには、自然にそれらを理解できるのです。法則は人に生きる道を示し、その道は精神的な偉大さへの道であり、生命の真の目的を具現化する道なのです」
これを思い起こさせるものでもある。


“すべての上に立つ唯一の者”=“創造”の“主(ヌシ)”
“個々の創造物を支配する生と死の力を所有しているのです。それは、すべてを支配する法則を決める”=“律”
“法則は犯すことができず、それ自身永久に正しい”=“完全、弥栄を示すものであって、律の不安定、不完全なものは、正しき力を発揮し得ず、生命力がない”
“法則は人に生きる道を示し、その道は精神的な偉大さへの道であり、生命の真の目的を具現化する道”=“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)と“律”があるから進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を認識しうるし、それがまた自分たちをも含めた“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、の“完全、弥栄を示す”

今回はこれくらいにしときまんねん。



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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

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四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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