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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、45年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 地震の巻 第十三帖 Kellyさん的解釈 “その一”


 
 今回から、地震の巻 第十三帖の解釈に入ることとする。 第十三帖の原文は以下の通り。

地上人が、限りなき程の想念的段階をもち、各々の世界をつくり出している如く、霊界にも無限の段階があり、その各々に、同一想念をもつ霊人が住んでおり、常に弥栄しつつある。 下級段階で正なりとし、善を思い、美を感じ、真なりと信じ、愛なりと思う、その想念も上級霊界に於ては必ずしもそうではない。 美も醜となり、愛も憎となり、善も真も そのままにして善となり、真と現われ得ない場合がある。 其処に偉大にして、はかり知られざる弥栄の御神意がある。 と同時に、 + (真善) ✳ (真善美愛) ✳ (歓喜) 
地震13大歓喜 (大歓喜)と現われる神秘なる弥栄があり、悪の存在、偽の必然性などが判明するのである。 故に、下級霊人との交流は、地上人にとっても、霊人にとっても、極めて危険極まりないものではあるが、半面に於ては、極めて尊いものとなるのである。 下級霊人自身が 渦巻き 左回転 (善)なりと信じて行為することが、地上人には 渦巻き 右 回転(悪)と現われることが多いのである。 何故ならば、かかる下級霊と相通じ、感応し合う内的波調をもつ地上人は、それと同一線上にある空想家であり、極めて狭い世界のカラの中にしか住み得ぬ性をもち、他の世界を知らないからである。 それがため、感応してくる下級霊の感応を、全面的に信じ、唯一絶対の大神の御旨なるが如くに独断し、遂には、自身自らが神の代行者なり、と信ずるようになるからである。 所謂(いわゆる)、無き地獄をつくり出すからである。 地獄的下級霊の現われには、多くの奇跡的なものをふくむ。 奇跡とは大いなる動きに逆行する動きの現われであることを知らねばならない。 かかる奇跡によりては、霊人も地上人も向上し得ない。 浄化し、改心し得ないものである。 また、霊人と地上人との交流によるのみでは向上し得ない。 脅迫や、賞罰のみによっても向上し得ない。 総て戒律的の何ものによっても、霊人も地上人も何等の向上も弥栄も歓喜もあり得ない。 半面、向上の如くに見ゆる面があるとも、半面に於て同様の退歩が必然的に起ってくる。 それは強(シ)いるが為である。 神の歓喜には、強いることなく、戒律する何ものもあり得ない。 戒律あるところ必ず影生じ、闇を生み出し、カスが残るものである。 それは、大神の内流によって弥栄する世界ではなく、影の世界である。 中心に座す太神のお言葉は、順を経て霊人に至り、地上人に伝えられるのであるが、それはまた霊界の文字となって伝えられる。 霊界の文字は、主として直線的文字と曲線的文字の二つから成る。 直線的なものは、月の霊人が用い、曲線的な文字は、太陽の霊人が使用している。 但し、高度の霊人となれば文字はない。 ただ文字の元をなす ローレンツ力 と ○ と + があるのみ。 また高度の霊界人の文字として、殆ど数字のみが使用されている場合もある。 数字は、他の文字に比して多くの密意を蔵しているからである。 しかし これは不変のものではなく、地上人に近づくに従って漸次変化し、地上人の文字に似てくるのである。

 今回解釈するのは、
“地上人が、限りなき程の想念的段階をもち、各々の世界をつくり出している如く、霊界にも無限の段階があり、その各々に、同一想念をもつ霊人が住んでおり、常に弥栄しつつある。 下級段階で正なりとし、善を思い、美を感じ、真なりと信じ、愛なりと思う、その想念も上級霊界に於ては必ずしもそうではない。 美も醜となり、愛も憎となり、善も真も そのままにして善となり、真と現われ得ない場合がある。 其処に偉大にして、はかり知られざる弥栄の御神意がある。 と同時に、 + (真善) ✳ (真善美愛) ✳ (歓喜) 
地震13大歓喜 (大歓喜)と現われる神秘なる弥栄があり、悪の存在、偽の必然性などが判明するのである”
ここまでとする。

 この文言は、霊的成長度の高低における認識の相違、ということを述べている。 
 まず、冒頭の文。
“地上人が、限りなき程の想念的段階をもち、各々の世界をつくり出している如く、霊界にも無限の段階があり、その各々に、同一想念をもつ霊人が住んでおり、常に弥栄しつつある”

 霊的成長度の高低において自分の心(靈)が“観察と認識”しうる事象には、地震の巻に登場する表記の“無限段階”であり、そのことを
“地上人が、限りなき程の想念的段階をもち”=これは霊的成長度の高低における“想念”、
そして息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)であり、その心(靈)の動き所以の事象の“観察と認識”がある、これは個の心(靈)が心(靈)の中に“映像”された事象を現実と思うということでもある。
 そして
“各々の世界をつくり出している如く、霊界にも無限の段階があり”
と称され、これは個の心(靈)各々の霊的成長度の段階における現津(あきつ)、観察され得る事象があり、またそれは、個の心(靈)の霊的成長度の程度に応じた事象しか“観察と認識”しえないということでもあり、それは第十二帖の
“地上人の想念の中には霊界が映像されており、霊人の想念の中には現実界が内蔵されている。 故に、この二つの世界が一つに見えることもあり得るのである。 しかし、映像と実相のへだたりは かなり遠いものである”
 それと
“霊人の中には、自分達の住む霊界の他に、別の世界が限りなく存在することを知らず、また、その世界に住む霊人を知らず、また物質世界と地上人を知らない場合もある。 それは丁度、地上人の多くが、生前及び死後の世界を信じないのと同様である”
この文言からも読み取れるものである。
 これに続く“その各々に、同一想念をもつ霊人が住んでおり、常に弥栄しつつある”
これはほぼ同じ霊的成長度、ほぼ同じ思惑を持った各々の個の心(靈)は、それぞれの段階における場(フィールド)に位置しているという言い回しであり、特に解釈の要は無い。

 次の文。
“下級段階で正なりとし、善を思い、美を感じ、真なりと信じ、愛なりと思う、その想念も上級霊界に於ては必ずしもそうではない。 美も醜となり、愛も憎となり、善も真も そのままにして善となり、真と現われ得ない場合がある。 其処に偉大にして、はかり知られざる弥栄の御神意がある”

 “地上人”においてすら、霊的成長度の高低における“善悪”(神格化と、動物化=心の本能化)と“美”の概念、愛(炁)の顕現の相違、の認識の相違があることを○○○大先生は著書で説いており、ことに“善(神格化の方向性と智性の受信)”と“悪(心の動きの本能化と低振動化)”に関しては<4><5>智性(神性)無き心シリーズで述べている。 
 それは“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”と(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者の善と悪の認識の相違を指摘しているものであるが、この文言はそれよりも“上”のこと、“上級霊界”に位置する個の心(靈)の認識を述べており、個の心(靈)が進化してどんどん神に近付くならば、“絶対の善”“絶対の“美”の概念”などという自分たち“地上人”にはまったく想像できないような認識をもつであろう。
 そしてそれは自分たち個の心(靈)を含め、“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、すべてが神である、という認識に至ったなら、“善悪美醜”、“正”、“真”、“愛”の顕現の程度、は、“地上人”の想像の及ぶところではなく、“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、この“弥栄”のために“御用の悪”という事象があり、その事象を“観察と認識”して“善悪美醜”、“正”、“真”、“愛”の顕現の程度、これを判別して自分の心(靈)の動きと行動に活かす、というのが、たった今の“地上人”の段階、換言すれば進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)であると言いうる。
重複するが、この“地上人”の現状の進化の過程より“上”があり、その“上”からの視点となれば、“上級霊界に於ては必ずしもそうではない。 美も醜となり、愛も憎となり、善も真も そのままにして善となり、真と現われ得ない場合がある”
のであり、さらに
“其処に偉大にして、はかり知られざる弥栄の御神意がある”
“上”には“上”があり、お前たち“地上人”にとっては“偉大にして、はかり知られざる弥栄の御神意”、これは“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、このすべて、の、神格化であろう、という憶測を、確信を持って述べておくことにするし、この事を念頭において、第一帖の以下の文言を読むと、解りやすいと思う。
“われわれの一切は生れつつある。 神も、宇宙も、森羅万象の悉くが、常に生れつつある。太陽は太陽として、太陰は太陰として、絶えず生れつづけている。 一定不変の神もなければ、宇宙もない。 常に弥栄えつつ、限りなく生れに生れゆく。 過去もなければ、現在もなく、未来もない。 只存在するものが生れに生れつつある。 生もなければ死もない。 善も思わず真も考えず美も思わない。 只自分自身のみの行為はない。 只生れゆき栄えゆくのみである”
そして“地上人”の低い認識に対して、
“善を思い悪を思うのは、死をつくり生をつくり出すことである。 故に地上人が自分自身でなすことには、総て永遠の生命なく、弥栄はあり得ない。 何故ならば、地上人は、地上人的善を思い、悪を思い、真を思い、偽を思うからである”
と称されていることが解ると思う。

 これに続く次の文
“と同時に、 + (真善) ✳ (真善美愛) ✳ (歓喜) 
地震13大歓喜 (大歓喜)と現われる神秘なる弥栄があり、悪の存在、偽の必然性などが判明するのである”

 この文中の“+ (真善) ✳ (真善美愛) ✳ (歓喜) 
地震13大歓喜 (大歓喜)”に関して、「新版ひふみ神示」(岡本天明 太陽出版)、この431pの画像を以下に示して解釈をのべることとする。 それとブログ本文における“✳ (真善美愛) ✳ (歓喜) 地震13大歓喜 (大歓喜)”の表記は不正確であることをお断りしておく。

地震13原文表記 
まず“+ (真善)”について、○○○大先生は生物の進化について他のブログで述べており、それは、まず縦の磁束の発現、細菌から軟体動物においては縦長になり、その後の進化において脊椎が発現し、そして脊椎動物の進化においてさらに手が発現し、水平磁場が構成され、それはまた“日月神示”にも“十”の表記が幾たびか登場しているものであり、またこのこと事態が、たった今の“地上人”の進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)、自我の確立=固定化から“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の発現と強化であり、“慈悲”と“慈愛”の心(靈)があってこそ、“善悪美醜”、“正”、“真”、“愛”の顕現の程度、ということを自らに当てはめ、自分の心(靈)の“上”と“下”を“観察と認識”しうるものであるが、“十(真善)”の表記はそれを指し、これに続く“✳ (真善美愛) ✳ (歓喜)”は、“十(真善)”があるが故に、“美愛”を認識し、それは“歓喜”となる、心(靈)の動きが“歓喜”に繋がっていくという意味合いである。
それではこの画像の意味合いは、と言えば、磁束の多様性、おそらくこれは目上(めうえ)の脳内の磁束を指すものであり、そう思う勝手な根拠としては、“✳ (真善美愛)”と“✳ (歓喜)”の“✳” が二つ重なった表記が、“ 
地震13大歓喜 (大歓喜)”であると思え、目上(めうえ)の脳内の磁束の多様性が、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、の取り込みの多様性と強化に繋がり、またそれは神格化であり、ということを思うからであるし、“弥栄”の解字を観ると、“上”からの振動をどう取り込んで息吹く(“畐”、“一”=智性=1番目のオーラと振動の取り込みを示す口、そして目上(めうえ)の脳を示す“田”(“田”(心、靈、の四つの場(フィールド)、大脳の新皮質)))かが、示されており、よって“十(真善)”、胸の磁性“十”より“上”の進化“ 地震13大歓喜 (大歓喜)”は、目上(めうえ)の脳の磁束の多様性による振動の取り込みと、その息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)であると思うからである。
彌栄弥栄(いやさか) 弥の旧字 
弓と璽(しるし) 彌の旧字の解字 

これが“同時に、 + (真善) ✳ (真善美愛) ✳ (歓喜) 
地震13大歓喜 (大歓喜)と現われる神秘なる弥栄があり”の意であり、これに続く“悪の存在、偽の必然性などが判明する”、これは霊的成長度の高低における認識の相違を述べており、この件に関しては先に解釈を述べたので割愛する。

今回はこれくらいにしときまんねん。




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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
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