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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、45年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 地震の巻 第十四帖 Kellyさん的解釈 “その五”


 今回も、地震の巻 第十四帖の以下の文言(先回の続き)を解釈することとする。

また、霊界には物質世界の如く空間はない。 このことを地上人は中々に理解しないのである。 霊界に於ける場所の変化は、その内分の変化に他ならない。 霊界に距離はない。 空間もない。 只、あるものはその状態の変化のみである。 故に、離れるとか、分れるとか云うことは、内分が遠くはなれていて、同一線上にないことを物語る。 物質的約束に於ける同一場所にあっても、その内分が違っている場合は、その相違の度に、正比較、正比例して、遠ざかっているのである。 故に、地上的には、同一場所に、同一時間内に存在する幾つかの、幾十、幾百、幾千万かの世界、及びあらゆる集団も、内分の相違によって、感覚の対象とならないから、無いのと同様であることを知り得るのである。

 今回取り上げる文言を解釈するにあたって理解しておかねばならぬこととして、個の心(靈)が常に行っている“観察と認識”、これは振動の受信、心(靈)が荷電粒子の回転ゆえに振動を受信、感応すれば反応がある、それは“地上人”の物理の言葉での電磁誘導と言ってもよいが、これがあるからこそ振動の受信による個の心(靈)の事象の観察が出来得るのだ、という言い方もできる。

 だが、“地上人”と“霊人”の“観察と認識”には、“その四”で取りあげた
“霊人は、地上人にまして一段と光明の世界にあり、一段とすぐれた霊体を有している”、
この“地上人にまして一段と光明の世界”というのは、“霊人”が“観察と認識”している事象そのものの差を示し、それは“地上人”と“霊人”、それぞれの個の心(靈)を構成している振動の相違があり、その相違ゆえに、振動の受信、感応の法則としての“変圧”(アミの本で使われた概念。高い振動の霊的存在はいきなり低い心(靈)とは、感応共振しない)があるからこそ、相違があり、それらの結果として、“地上人”と“霊人”、それぞれが位置する場(フィールド)、位置していると“映像”されている事象の違い、さらに位置していると“映像”されている場において、受信、感応する振動に相違があるからこそ、“地上人”と“霊人”それぞれが観察しうる事象は違うのだ、ということになり得る。 
 
 その相違を説いた文言としては、“その三”で取りあげた
“霊人には、地上世界に顕現する総てのものの霊体が存在すると云うことを中々理解しないし、霊人は反対に、霊界を物質的に表現した物質地上世界のあることを中々に理解しない”
そして
“地上人が、何故 霊界のことを理解し難いかと言うと、それは、地上的物質的感覚と、地上的光明の世界のみが、常にその対象となっているからである”
これは“地上人”と“霊人”の“観察と認識”の相違、そしてそれぞれの心(靈)を構成する振動の違い、所以のことである。 

 また“地上人”の“観察と認識”を理解するために、第四帖“その五”で取りあげた
“されど、地上人に於ては、地上的物質に制限され、物質の約束に従わねばならぬ。 其処に時間を生じ、距離を生じ、これを破ることはできない”
こういった言い回しがされていることに対し着目しなければならず、重複するが“地上人”は
“地上的物質に制限され、物質の約束に従わねばならぬ。 其処に時間を生じ、距離を生じ、これを破ることはできない”
これは“地上人”が位置する(していると“観察と認識”しうる)場(フィールド)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)といえ、また“地上人”はこれに支配されているということを述べていることに気付くべきである。

 ここまで述べたことを念頭において、冒頭の文。
“また、霊界には物質世界の如く空間はない。 このことを地上人は中々に理解しないのである”

 単に“霊界には”、“霊人”が位置していると“観察と認識”している場(フィールド)には、“地上人”が思うような“物質世界の如く空間はない”と称されている。

 次の文。
“霊界に於ける場所の変化は、その内分の変化に他ならない。 霊界に距離はない。 空間もない。 只、あるものはその状態の変化のみである”

 “霊人”が“観察と認識”しうる場(フィールド)は、“霊人”自体の“内分の変化”によるものであり、これは“霊人”の心(靈)を構成する振動と、受信する、感応する、その振動により、“霊人”が位置していると認識している場(フィールド)は“変化”するの意であり、“地上人”のそれとは違う点として“霊界に距離はない。 空間もない”と称されており、“霊人”においては先の、心(靈)を構成する振動と、受信する、感応する、その振動、それにより“状態の変化”があり、“霊人”はその“変化のみ”で“観察と認識”しうる事象、この文言では“霊界に於ける場所の変化”が“変化”する、このことが読み取れる。

 次の文。
“故に、離れるとか、分れるとか云うことは、内分が遠くはなれていて、同一線上にないことを物語る”

 これは“霊人”の事情として“霊人”の心(靈)が振動を受信、感応して、“観察と認識”しているが故に、“地上人”が思うような“離れるとか、分れるとか云うこと”、これは物質を伴ったそれではなく、距離とか時間とかで“離れるとか、分れるとか”ではなく、振動の受信、感応、“霊人”の個の心(靈)の構成をしている振動、それが違う際に“離れるとか、分れるとか云うこと”がおき、これ事態が、“霊人”である個の心(靈)の振動、構成、受信、感応、の相違であることを“同一線上にない”と説明されている。

 次の文。
“物質的約束に於ける同一場所にあっても、その内分が違っている場合は、その相違の度に、正比較、正比例して、遠ざかっているのである”

 先の文言は“霊人”の事情であったが、これはお前たち“地上人”が、振動ということを知らない、“同気同一線上”ということに理解が無い、がゆえに述べられている文言であり、“地上世界”で“地上人”が同じ場(フィールド)、“物質的約束に於ける同一場所”に位置していると“観察と認識”されていても、それは、“内分”まで“地上人”は解っていないから“内分が違っている場合は、その相違の度に、正比較、正比例して、遠ざかっている”、お前たち“地上人”は、自分たちの心(靈)、構成、受信、感応、する振動について、その道理を知らず、重複するが、“同一場所にあっても”、それぞれの心(靈)が違うならば“相違の度に、正比較、正比例して、遠ざかっている”、振動とは、またそれぞれの個の心(靈)の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)とは、そういうものなのだ、ということを知れよ、である。

 次の文。
“故に、地上的には、同一場所に、同一時間内に存在する幾つかの、幾十、幾百、幾千万かの世界、及びあらゆる集団も、内分の相違によって、感覚の対象とならないから、無いのと同様であることを知り得るのである”

 先の解釈が理解できていたならすぐ解るとは思うが、“地上的には、同一場所に、同一時間内に存在する幾つかの、幾十、幾百、幾千万かの世界、及びあらゆる集団”、これは“内分の相違によって”、個の心(靈)を構成、受信、感応、する振動によって、認識しえない、ということ。
またこれは霊的成長度の違い、その高低、と換言してもよいが、その“相違”があるが故に、“地上人”同士は心(靈)の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)でそれぞれの思惑を理解することもできず、互いの心(靈)の動きを理解することもできない、それを“内分の相違によって、感覚の対象とならない”と称され、これに続く“無いのと同様であることを知り得る”と述べられている理由と根拠は、“地上人”が霊的成長度の高低が解らない、それは個の心(靈)の“内分”に理解が無い、それを“観察と認識”する資質もない、といえる。
それは、霊的成長度の高低における区分け、今後=アセンション後においての区分け、これは“内分”によるものであるが、これの理解が足らない、さらに“内分”の理解が足らないからこそ移行しうる心(靈)の資質も解るわけがない、ということまで示唆している文言であると言いうる。

今回はこれくらいにしときまんねん。



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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
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心(靈)の二面性であり、
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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