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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、45年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 地震の巻 第十五帖 Kellyさん的解釈 “その一”

 今回から、地震の巻 第十五帖の解釈に入ることとする。 第十五帖の原文は以下の通り。

霊界には、山もあり、川もあり、海もあり、また、もろもろの社会があり、霊界の生活がある。 故に、其処には霊人の住宅があり、霊人はまた衣類をもつ。 住宅は、その住む霊人の生命の高下によって変化する。 霊人の家には、主人の部屋もあれば、客室もあり、寝室もあり、また、食堂もあり、風呂場もあり、物置もあり、玄関もあり、庭園もある、と云ったふうに、現実世界と殆ど変りがない。 と云うことは、霊人の生活様式なり、思想なりが、ことごとく同様であると云うことを意味する。 また、内分を同じくする霊人たちは、相集まり、住宅は互に並び建てられており、地上に於ける都会や村落とよく似ている。 その中心点には多くの場合、神殿や役所や学校等あらゆる公共の建物が、ほどよく並んでいる。 そして、これらの総てが霊界に存在するが故に、地上世界に、それの写しがあるのである。 霊界を主とし、霊界に従って、地上にうつし出されたのが、地上人の世界である。 地上人は、物質を中心として感覚し、且つ考えるから、真相が中々につかめない。 これら総ての建物は、神の歓喜を生命として建てられたものであって、霊人の心の内奥にふさわしい状態に変形され得る。 また天人の衣類も、その各々がもつ内分に正比例している。 高い内分にいる霊人は高い衣を、低いものは低い衣を自らにして着することとなる。 彼等の衣類は、彼らの理智に対応しているのである。 理智に対応すると云うことは、真理に対応すると云うことになる。 但し、最も中心に近く、太神の歓喜に直面する霊人たちは衣類を着していないのである。 この境地に到れば、総てが歓喜であり、他は自己であり、自己は他であるが故である。 しかし、他よりこれを見る時は、見る霊人の心の高低によって、千変万化の衣類を着せる如く見ゆるのである。 また、衣類は総て霊人の状態の変化によって変化して行くものである。 霊人はまた、いろいろな食物を食している。 云う迄もなく霊人の食物であるが、これまたその霊人の状態によって千変万化するが、要するに歓喜を食べているのである。 食べられる霊食そのものも、食べる霊人も何れも、食べると云うことによって歓喜しているのである。 地上人の場合は、物質を口より食べるのであるが、霊人は口のみでなく、目からも、鼻からも、耳からも、皮膚からも、手からも、足からも、食物を身体全体から食べるものである。 そして、食べると云うことは、霊人と霊食とが調和し、融け合い、一つの歓喜となることである。 霊人から見れば、食物を自分自身たる霊人の一部とするのであるが、食物から見れば霊人を食物としての歓喜の中に引き入れることとなるのである。 これらの行為は、本質的には、地上人と相通ずる食物であり、食べ方ではあるが、その歓喜の度合および表現には大きな差がある。 食物は歓喜であり、歓喜は神であるから、神から神を与えられるのである。 以上の如くであるから、他から霊人の食べるのを見ていると、食べているのか、食べられているのか判らない程である。 また霊人の食物は、その質において、その霊体のもつ質より遠くはなれたものを好む。 現実社会に於ける、山菜、果物、海草等に相当する植物性のものを好み、同類である動物性のものは好まない。 何故ならば、性の遠くはなれた食物ほど歓喜の度が強くなってくるからである。 霊人自身に近い動物霊的なものを食べると歓喜しないのみならず、返って不快となるからである。 そして霊人は、これらの食物を歓喜によって調理している。 そしてまた与えられた総ての食物は、悉く食べて一物をも残さないのである。 すべての善は 
ローレンツ力 より起り、 ローレンツ力 にかえるのと同様、総ての悪もまた ローレンツ力 より起り ローレンツ力 にかえる。 故に、神をはなれた善はなく、また神をはなれた悪のみの悪はあり得ないのである。 殊に地上人はこの善悪の平衡の中にあるが故に、地上人たり得るのであって、悪をとり去るならば、地上人としての生命はなく、また善は無くなるのである。 この悪を因縁により、また囚われたる感情が生み出す悪だ、と思ってはならない。 この悪があればこそ、自由が存在し、生長し、弥栄するのである。 悪のみの世界はなく、また善のみの世界はあり得ない。 所謂、悪のみの世界と伝えられるような地獄は存在しないのである。 地上人は、霊人との和合によって神と通ずる。 地上人の肉体は悪的な事物に属し、その心は善的霊物に属する。 その平衡するところに力を生じ、生命する。 しかし、地上人と、霊人と一体化したる場合は、神より直接に地上人にすべてが通じ、すべてのものの ローレンツ力 が与えられると見えるものである。 これを、直接内流と称し、この神よりの流入するものが、意志からするときは理解力となり、真理となる。 また、愛より入るときは善となり、信仰力となって現われる。 そして、神と通ずる一大歓喜として永遠に生命する。 故に、永遠する生命は愛と離れ、真と離れ、また信仰とはなれてはあり得ないのである。 神そのものも神の法則、秩序に逆らうことは出来ない。 法則とは歓喜の法則である。 神は歓喜によって地上人を弥栄せんとしている。 これは、地上人として生れ出ずる生前から、また、死後に至るも止まざるものである。 神は、左手にて 左手 地震15  の動きをなし、右手にて 右手 地震15  の動きを為す。 そこに、地上人としては割り切れない程の、神の大愛が秘められていることを知らねばならぬ。 地上人は、絶えず、善、真に導かれると共に、また、悪、偽に導かれる。 この場合、その平衡を破るようなことになってはならない。 その平衡が、神の御旨である。 平衡より大平衡に、大平衡より超平衡に、超平衡より超大平衡にと進み行くことを弥栄と云うのである。 左手は右手によりて生き動き、栄える。 左手なき右手はなく、右手なき左手はない。 善、真なき悪、偽はなく、悪、偽なき善、真はあり得ない。 神は善、真、悪、偽であるが、その新しき平衡が新しき神を生む。 新しき神は、常に神の中に孕み、神の中に生れ、神の中に育てられつつある。 始めなき始めより、終りなき終りに到る大歓喜の栄ゆる姿がそれである。


 今回解釈するのは、
“霊界には、山もあり、川もあり、海もあり、また、もろもろの社会があり、霊界の生活がある。 故に、其処には霊人の住宅があり、霊人はまた衣類をもつ。 住宅は、その住む霊人の生命の高下によって変化する。 霊人の家には、主人の部屋もあれば、客室もあり、寝室もあり、また、食堂もあり、風呂場もあり、物置もあり、玄関もあり、庭園もある、と云ったふうに、現実世界と殆ど変りがない。 と云うことは、霊人の生活様式なり、思想なりが、ことごとく同様であると云うことを意味する。 また、内分を同じくする霊人たちは、相集まり、住宅は互に並び建てられており、地上に於ける都会や村落とよく似ている。 その中心点には多くの場合、神殿や役所や学校等あらゆる公共の建物が、ほどよく並んでいる。 そして、これらの総てが霊界に存在するが故に、地上世界に、それの写しがあるのである。 霊界を主とし、霊界に従って、地上にうつし出されたのが、地上人の世界である”
ここまでとする。

 今回取り上げる文言の解釈に入る前に述べておきたいこととして、この第十五帖も、“霊人”や“地上人”に関わらず個の心(靈)が行っている“観察と認識”、それによって現津(あきつ)、観察され得る事象を、それぞれの心(靈)に“映像”として認識している、それをそれぞれの場(フィールド)においての現実としている、ということと、個の心(靈)の霊的成長度=“内分”、これが“同気同一線上”であるか否か、ということと、さらにもう一つ、個の心(靈)がその霊的成長度の高低において、“上”からの振動の取り込み、受信と感応があるのだが、“同気同一線上”でない場合、霊的成長度に相違がある場合、相違がある。 これを換言すれば、霊的成長度の高低において受け取る(止める)振動の違いがあるがゆえに、霊的成長度の違う心(靈)には、“映像”されない、“映像”されていない、事象があるものである、ということだが、これを述べているのが先回解釈した
“内分の相違によって、感覚の対象とならないから、無いのと同様である”
であるが、これらを念頭において読み取るべきである。
 補足としてすでに解釈した第十二帖の以下の文言を挙げておく。
“地上人の想念の中には霊界が映像されており、霊人の想念の中には現実界が内蔵されている”

 それで今回取り上げる文言は、逆から解釈していくと理解しやすいので、まず文末から。
“霊界を主とし、霊界に従って、地上にうつし出されたのが、地上人の世界である”
そして
“そして、これらの総てが霊界に存在するが故に、地上世界に、それの写しがあるのである”

 これは“地上人”や“霊人”、これらそれぞれの個の心(靈)を含めて“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、が、神である、ということを理解しているなら解り得る文言あり、さらに“創造”の“主(ヌシ)”の“思惑の顕現”=現象化は、フラクタル(fractal)(自己相似性、自然界のデザインにはどこか共通したものがある)であるということを地震の巻においても幾度か述べたが、これに当該することとして“霊界”と“地上世界”においても同様であり、“霊界”の“霊人”の心(靈)に“映像”されている事象、これを“霊界を主とし、霊界に従って”であり、“地上人”の立場から言えば“霊界に従って、地上にうつし出されたのが、地上人の世界”であると称されている。
そして“これらの総てが霊界に存在するが故に、地上世界に、それの写しがある”のであるが、さらにその元たることは、“創造”の“主(ヌシ)”の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)である、これを“霊人”、“地上人”、それぞれの個の心(靈)が、その霊的成長度の段階、その場(フィールド)、において、受信、感応、して、事象を“観察と認識”しているのだ、ということにまで気付くべきである。

 そして“霊人”が“観察と認識”している事象については以下のように述べられている。
“霊界には、山もあり、川もあり、海もあり、また、もろもろの社会があり、霊界の生活がある。 故に、其処には霊人の住宅があり、霊人はまた衣類をもつ。 住宅は、その住む霊人の生命の高下によって変化する。 霊人の家には、主人の部屋もあれば、客室もあり、寝室もあり、また、食堂もあり、風呂場もあり、物置もあり、玄関もあり、庭園もある、と云ったふうに、現実世界と殆ど変りがない。 と云うことは、霊人の生活様式なり、思想なりが、ことごとく同様であると云うことを意味する。 また、内分を同じくする霊人たちは、相集まり、住宅は互に並び建てられており、地上に於ける都会や村落とよく似ている。 その中心点には多くの場合、神殿や役所や学校等あらゆる公共の建物が、ほどよく並んでいる”

 この文言の中で“住宅”について述べられている文言、
“内分を同じくする霊人たちは、相集まり、住宅は互に並び建てられており、地上に於ける都会や村落とよく似ている”、
この“内分を同じくする”は、“同気同一線上”であり、それが違う、霊的成長度の相違があると“住宅は、その住む霊人の生命の高下によって変化する”ということが述べられている。
これは第四帖の表記、
“同気同類の霊人は、同一の情態で、同じ所に和し、弥栄え、然らざるものは、その内蔵するものの度合に正比例して遠ざかる。 同類は相寄り、相集まり、睦び栄ゆ。 生前の世界は、地上人の世界の原因であり、主体であるが、また死後の世界に通ずる。 同気同一線上にいる霊人たちは、且って一度も会せず語らざるも、百年の友であり、兄弟姉妹である如くに、お互いに、その総てを知ることができる”、
いわゆる“同気同一線上にいる霊人たち”と“同気同類の霊人は、同一の情態で、同じ所に和し、弥栄え、然らざるものは、その内蔵するものの度合に正比例して遠ざかる”、
ほぼ同じ霊的成長度、ほぼ同じ息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)、ローム太霊が述べた“霊団”と“類魂”は、“同一の情態で、同じ所に和し、弥栄え”るのであり、そうではない場合=“然らざるものは”、“その内蔵するものの度合に正比例して遠ざかる”、
これ事態が振動の法則性といえ、先に挙げた先回取り上げた文言の“内分の相違によって、感覚の対象とならないから、無いのと同様”に当たるといえる。

 今回はこれくらいにしときまんねん。



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 Kelly & ○○○大先生

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
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