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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、45年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 地震の巻 第十六帖 Kellyさん的解釈 “その一”


 今回から、地震の巻 第十六帖の解釈に入ることとする。 第十六帖の原文は以下の通り。

考えること、意志すること、行為することの根本は、肉体からではない。 霊的な内奥の自分からである。 この内奥の自分は、神につながっている。 故に、自分自身が考え、意志し、行為するのではなく、自分と云うものを通じ、肉体を使って、現実界への営みを神がなし給うているのである。 其処に、人が地上に於ける司宰者たる、また、たり得る本質がある。 地上人が死の関門をくぐった最初の世界は、地上にあった時と同様に意識があり、同様の感覚がある。 これによって、人の本体たる霊は、生前同様に、霊界でも見、聞き、味わい、嗅ぎ、感じ、生活することが出来るのである。 しかし肉体をすてて、霊体のみとなり、霊界で活動するのであるから、物質は衣にすぎないことが判明する。 肉体をもっている地上人の場合は、その肺臓が想念の現われとなって呼吸する。 霊界に入った時は、霊体の肺臓が同様の役目を果たすようになっている。 また、心臓は、その情動の現われとなって脈打つ。 霊体となってもまた同様であることを知らねばならぬ。 この二つのうごきが、一貫せる生命の現われであって、生前も、生存中も、死後も、また同様である。 肉体の呼吸と脈拍とは、新しき霊体の呼吸と脈拍に相通じ、死の直後に霊体が完全するまでは、肉体のそれは停止されないのである。 かくて、霊界に入った霊人たちは、総て生存時と同じ想念をもっている。 為に死後の最初の生活は生存時と殆ど同一であることが判明するであろう。 故に、其処には地上と同様、あらゆる集団と、限りなき段階とが生じている。 而して、霊界に於ては、先に述べた如き状態であるが故に、各人の歓喜は、死後の世界に於ても、生前の世界に於ても、これに対応する霊的の事物と変じて現われるものである。 この霊的事物は、地上の物質的事物に対応する。 人間が、物質界にいる時は、それに対応した物質の衣、即ち肉体をもち、霊界に入った時はそれに相応した霊体をもつ。 そして、それはまた完全なる人間の形であり、人間の形は、霊人の形であり、神の形であり、更に大宇宙そのものの形である。 大宇宙にも、頭があり、胴があり、手足があり、目も、鼻も、口も、耳もあり、又内臓諸器官に対応するそれぞれの器官があって、常に大歓喜し、呼吸し、脈打っていることを知らねばならない。 大歓喜は無限であり、且つ永遠に進展して行くのである。 変化、進展、弥栄せぬものは歓喜ではない。 歓喜は心臓として脈打ち、肺臓として呼吸し発展する。 故に、歓喜は肺臓と心臓とを有する。 この二つは、あらゆるものに共通であって、植物にもあり、鉱物にすら存在するものである。 人間の場合は、その最も高度にして精妙なる根本の心臓と肺臓に通ずる最奥の組織を有する。 これはもはや心臓と表現するには あまりにも精妙にして、且つ深い広い愛であり、肺臓として呼吸するにはあまりにも高く精巧なる真理である。 而して、この二者は一体にして同時に、同位のものとなっていることを知らねばならない。 それは心臓としての脈拍でもなく、肺臓としての呼吸でもない。 表現極めて困難なる神秘的二つのものが一体であり、二つであり、三つの現われである。 其処に人間としての、他の動物に比して異なるもの、即ち、大神より直流し来るものを感得し、それを行為し得る独特のものを有しているのである。 人間が、一度 死の関門をくぐり、肉体をすてた場合は、霊そのものの本来の姿に帰るのであるが、それは直ちに変化するものではなくして、漸次その状態に入るのである。 第一は極外の状態、第二は外の状態、第三は内的状態、第四は極内的状態、第五は新しき霊的生活への準備的状態である。 七段階と見る時は、内と外との状態を各々三段階に分け、三つと見る時は内、外、準備の三つに区分するのである。

 今回解釈するのは、
“考えること、意志すること、行為することの根本は、肉体からではない。 霊的な内奥の自分からである。 この内奥の自分は、神につながっている。 故に、自分自身が考え、意志し、行為するのではなく、自分と云うものを通じ、肉体を使って、現実界への営みを神がなし給うているのである。 其処に、人が地上に於ける司宰者たる、また、たり得る本質がある”
ここまでとする。

 今回取り上げている文言は、第十五帖の
“地上人は、霊人との和合によって神と通ずる…中略…地上人と、霊人と一体化したる場合は、神より直接に地上人にすべてが通じ、すべてのものの 
ローレンツ力 が与えられると見えるものである。 これを、直接内流と称し、この神よりの流入するものが、意志からするときは理解力となり、真理となる。 また、愛より入るときは善となり、信仰力となって現われる。 そして、神と通ずる一大歓喜として永遠に生命する”
これの
“直接内流と称し、この神よりの流入するもの”、
に関したことである。

 その“直接内流”、これは十五帖で解釈した通り“上”との感応により神の思惑(振動)を自らの心(靈)に止め(“日止、霊止”の表記の意味合い)、そしてそれが、“地上人”の“考えること、意志すること、行為すること”の“根本”であることを今回の文言で述べられているし、第十五帖では“意志からするときは理解力となり、真理となる。 また、愛より入るときは善となり、信仰力となって現われる。 そして、神と通ずる一大歓喜として永遠に生命する”と述べられている。 
当然のことながら“考えること、意志すること”は心(靈)の動きであり、“行為すること”は心(靈)の動きが外側(外国と幽界)の事象に対して行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)として顕現するのだと述べられている。
 また“上”からの振動は、神の思惑である、それを
“考えること、意志すること、行為することの根本は、肉体からではない。 霊的な内奥の自分からである”
と称され、その“霊的な内奥の自分からである。 この内奥の自分は、神につながっている”、これは“直接内流”を換言した言い回しである。

それでその“直接内流”は、“上”からの振動であり、それを止めるには“変圧”(アミの本で使われた概念。高い振動の霊的存在はいきなり低い心(靈)とは、感応共振しない)の過程がある。 それは進化過程、霊的成長の過程による、“創造”の“主(ヌシ)”の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)との感応共振の段階があり、それを仲介するのが自分の心(靈)より少し“上”の存在、極端に高い“霊人”や神そのものとは感応共振しえないが、その思惑を段階的に送り贈り、それより“下”の個の心(靈)はその段階を経た振動を止めて育っているし、また“弥栄”となっているものである。

彌栄弥栄(いやさか) 弥の旧字 
弓と璽(しるし) 彌の旧字の解字 


 これに続く次の文言は、神の“思惑の顕現”を、“直接内流”によってお前たち“地上人”が“観察と認識”する事象に顕現せよ、そこにおいて“地上人”であるお前たち個の心(靈)が神の“思惑の顕現”を行うのだ、と述べられている。
“故に、自分自身が考え、意志し、行為するのではなく、自分と云うものを通じ、肉体を使って、現実界への営みを神がなし給うているのである”
 
 そしてそれはお前たちの使命であると次の文で述べられている。
“其処に、人が地上に於ける司宰者たる、また、たり得る本質がある”

 説明するまでもなく“司宰者”の、司、宰、は、つかさどるの意であり、お前たち“地上人”は、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を果たし、高い“直接内流”を止めるようになって、そうなってこそ“地上に於ける司宰者たる”のであり、“たり得る本質”とは、その“直接内流”のどれくらい高い振動と感応しうる心(靈)となり得るのか、ということを示唆した文言である。

 今回はこれくらいにしときまんねん。


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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

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四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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