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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、45年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 地震の巻 第十六帖 Kellyさん的解釈 “その四”



 今回も、地震の巻 第十六帖の以下の文言(先回の続き)を解釈することとする。

大歓喜は無限であり、且つ永遠に進展して行くのである。 変化、進展、弥栄せぬものは歓喜ではない。 歓喜は心臓として脈打ち、肺臓として呼吸し発展する。 故に、歓喜は肺臓と心臓とを有する。 この二つは、あらゆるものに共通であって、植物にもあり、鉱物にすら存在するものである。 人間の場合は、その最も高度にして精妙なる根本の心臓と肺臓に通ずる最奥の組織を有する。 これはもはや心臓と表現するには あまりにも精妙にして、且つ深い広い愛であり、肺臓として呼吸するにはあまりにも高く精巧なる真理である。 而して、この二者は一体にして同時に、同位のものとなっていることを知らねばならない。 それは心臓としての脈拍でもなく、肺臓としての呼吸でもない。 表現極めて困難なる神秘的二つのものが一体であり、二つであり、三つの現われである。 其処に人間としての、他の動物に比して異なるもの、即ち、大神より直流し来るものを感得し、それを行為し得る独特のものを有しているのである。 人間が、一度 死の関門をくぐり、肉体をすてた場合は、霊そのものの本来の姿に帰るのであるが、それは直ちに変化するものではなくして、漸次その状態に入るのである。 第一は極外の状態、第二は外の状態、第三は内的状態、第四は極内的状態、第五は新しき霊的生活への準備的状態である。 七段階と見る時は、内と外との状態を各々三段階に分け、三つと見る時は内、外、準備の三つに区分するのである。

 冒頭の文。
“大歓喜は無限であり、且つ永遠に進展して行くのである”

 この“大歓喜”の表記は、先回の
“人間の形は、霊人の形であり、神の形であり、更に大宇宙そのものの形である。 大宇宙にも、頭があり、胴があり、手足があり、目も、鼻も、口も、耳もあり、又内臓諸器官に対応するそれぞれの器官があって、常に大歓喜し、呼吸し、脈打っていることを知らねばならない”
に続く文言なので、“大宇宙”そして“神”、その“常に大歓喜し、呼吸し、脈打っている”に当たることであり、これ事態が“創造”の“主(ヌシ)”の事象の“創造”、それは神の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)ともいえ、また神が個の心(靈)であることを示唆した文言でもある。

 次の文。
“変化、進展、弥栄せぬものは歓喜ではない。 歓喜は心臓として脈打ち、肺臓として呼吸し発展する。 故に、歓喜は肺臓と心臓とを有する。 この二つは、あらゆるものに共通であって、植物にもあり、鉱物にすら存在するものである”

 この文言は個の心(靈)が“観察と認識”しうる一切の何かは生命(生きる使命=存在理由)であることを示唆した文言であり
=“この二つは、あらゆるものに共通”、
またそれらも個の心(靈)であることを“歓喜は心臓として脈打ち、肺臓として呼吸し発展する”と称され、観察しうる一切の何かが心(靈)であるからこそ、“上”からの振動を止めており、“変化、進展、弥栄”しているのだということが述べられている。 
それだからこそ“大歓喜”の表記は、“創造”の“主(ヌシ)”の息吹を指す表記であると察する。

 次の文。
“人間の場合は、その最も高度にして精妙なる根本の心臓と肺臓に通ずる最奥の組織を有する。 これはもはや心臓と表現するには あまりにも精妙にして、且つ深い広い愛であり、肺臓として呼吸するにはあまりにも高く精巧なる真理である”

 “人間の場合”と前置きされているのは、先の“この二つは、あらゆるものに共通であって、植物にもあり、鉱物にすら存在する”にかかり、それは“人間の場合”は“変化、進展、弥栄”していくと神に近くなり神格化するということを指している表記である。 そして人間以外は、人間の神格化した存在の眷属などになる、これが人間以外の使命たり得ることであるからである。
 またその“人間の場合”は“最も高度にして精妙なる根本の心臓と肺臓に通ずる最奥の組織を有する”これは“直接内流”を止め、自らの心(靈)が神に近くなるからこそ、人間以外の存在とは異なり
“これはもはや心臓と表現するには あまりにも精妙にして、且つ深い広い愛であり、肺臓として呼吸するにはあまりにも高く精巧なる真理”
と表現されているものである。
 これに関しては“その二”で解釈した以下の文言をもう一度読みと理解しやすいのでコピペしておく。
“肉体をもっている地上人の場合は、その肺臓が想念の現われとなって呼吸する。 霊界に入った時は、霊体の肺臓が同様の役目を果たす…中略…心臓は、その情動の現われとなって脈打つ。 霊体となってもまた同様…中略…この二つのうごきが、一貫せる生命の現われであって、生前も、生存中も、死後も、また同様である”

 次の文。
“而して、この二者は一体にして同時に、同位のものとなっていることを知らねばならない。 それは心臓としての脈拍でもなく、肺臓としての呼吸でもない”

 “この二者”は先の“心臓と表現するには あまりにも精妙にして、且つ深い広い愛であり、肺臓として呼吸するにはあまりにも高く精巧なる真理”であり、神に近付く心(靈)の動き、あるいは進化(霊的成長、神格化に向かうこと)した心(靈)のことを指している。 そしてそれは肉体を持った“地上人”が思う“脈拍”“呼吸”という物質的な機能とは違うのだ、それは“精妙にして、且つ深い広い愛”であり、愛(炁)は“創造”の元たることであり、個の心(靈)、それぞれの心(靈)の動きの元たることでもある、それだからこそ進化(霊的成長、神格化に向かうこと)した心(靈)ならば“あまりにも高く精巧なる真理”を、自らである個の心(靈)が“観察と認識”しうる事象に対し、顕現する、顕現しうる心(靈)の動きであるのだ、というように解する。

 次の文。
“表現極めて困難なる神秘的二つのものが一体であり、二つであり、三つの現われである。 其処に人間としての、他の動物に比して異なるもの、即ち、大神より直流し来るものを感得し、それを行為し得る独特のものを有しているのである”

 文中の“即ち、大神より直流し来るものを感得し、それを行為し得る独特のものを有している”、これは先の“人間の場合”は“直接内流”を心(靈)に止めて神に近くなる、それは“人間”の使命といえ、また“人間”の“変化、進展、弥栄”であり、“其処に人間としての、他の動物に比して異なるもの”という言い回しでこのことが強調されている。
そしてこの文言の前の“表現極めて困難なる神秘的二つのもの”は先の“心臓と表現するには あまりにも精妙にして、且つ深い広い愛であり、肺臓として呼吸するにはあまりにも高く精巧なる真理”、これを指しており、この二つは、先の“この二者は一体にして同時に、同位のもの”なので“神秘的二つのものが一体であり、二つであり”と称され、これに続く“三つの現われ”は、“心臓と表現するには あまりにも精妙にして、且つ深い広い愛であり、肺臓として呼吸するにはあまりにも高く精巧なる真理”この“広い愛”“精巧なる真理”、そして個の心(靈)、あるいは“広い愛”“精巧なる真理”とこれを有した個の心(靈)が為しうる事象の“創造”を指すものである。

 次の文。
“人間が、一度 死の関門をくぐり、肉体をすてた場合は、霊そのものの本来の姿に帰るのであるが、それは直ちに変化するものではなくして、漸次その状態に入るのである。 第一は極外の状態、第二は外の状態、第三は内的状態、第四は極内的状態、第五は新しき霊的生活への準備的状態である。 七段階と見る時は、内と外との状態を各々三段階に分け、三つと見る時は内、外、準備の三つに区分するのである”

 これは“地上人”が“死の関門をくぐり、肉体をすてた場合”、その直後は“その二”で取りあげた次の文言どおり、
“地上人が死の関門をくぐった最初の世界は、地上にあった時と同様に意識があり、同様の感覚がある。 これによって、人の本体たる霊は、生前同様に、霊界でも見、聞き、味わい、嗅ぎ、感じ、生活することが出来るのである”
これは個の心(靈)が“観察と認識”しうる外側(外国と幽界)の事象のことを指しており、それを“一は極外の状態、第二は外の状態”と称され、そして同じく“その二”で取りあげた以下の文言どおり、
“肉体をすてて、霊体のみとなり、霊界で活動するのであるから、物質は衣にすぎないことが判明する。 肉体をもっている地上人の場合は、その肺臓が想念の現われとなって呼吸する。 霊界に入った時は、霊体の肺臓が同様の役目を果たすようになっている。 また、心臓は、その情動の現われとなって脈打つ。 霊体となってもまた同様であることを知らねばならぬ”
となるならば、外側(外国と幽界)の観察ではなく、先の“広い愛”“精巧なる真理”で自らを観る、それを“第三は内的状態、第四は極内的状態”、いわゆる自省(胸の磁性“十”)の“行”に相当する心(靈)の動きに入り、その上で“第五は新しき霊的生活への準備的状態”、“霊界”においての“状態の変化”、“弥栄”、あるいは“直接内流”を止めた心(靈)となっていく、という意味合いである。
 これに続く“七段階と見る時は、内と外との状態を各々三段階に分け、三つと見る時は内、外、準備の三つに区分する”、これは“上”から観た区分のことであり、いくつに分類しようが“肉体をすてた場合は、霊そのものの本来の姿に帰る”そして“漸次その状態に入る”と、必ず“準備”“新しき霊的生活への準備的状態”となっていくものであることを述べている。

 今回はこれくらいにしときまんねん。


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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
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