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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、45年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 地震の巻 第十七帖 Kellyさん的解釈 “その四”



 今回も、地震の巻 第十七帖の以下の文言(先回の続き)を解釈することとする。

以上の如く、中間世界からは、無数の道が無数の世界に通じており、生前から生後を通じて、思想し、行為したことの総決算の結果に現われた状態によって、それぞれの世界に通ずる道が自らにして目前にひらかれてくるのである。 否、その各々によって自分自身が進むべき道をひらき、他の道、他の扉は一切感覚し得ないのである。 故に、迷うことなく、自分の道を自分で進み、その与えられた最もふさわしい世界に落ち付くのである。 他から見て、それが苦の世界、不純な世界に見えようとも、当の本人には楽天地なのである。 何故ならば、一の世界に住むものには、二の世界は苦の世界となり、二の世界に住むものには、一の世界は また苦の世界と感覚するからであって、何れも自ら求むる歓喜にふさわしい世界に住するようになっているのである。 また一の世界における善は、二の世界では善でなく、二の世界の真が一の世界に於ては真でない場合も生じてくる。 しかし、その総ての世界を通じ、更に高き 
ローレンツ力 に向って進むことが、彼等の善となるのである。 ローレンツ力 は中心であり、大歓喜であり、神である。

 冒頭の文。
“以上の如く、中間世界からは、無数の道が無数の世界に通じており、生前から生後を通じて、思想し、行為したことの総決算の結果に現われた状態によって、それぞれの世界に通ずる道が自らにして目前にひらかれてくるのである”

 これは第十七帖の解釈をしっかり読みこんだ方にはすぐ理解できる文言ではあるが、“地上人”が“地上世界”=“生前から生後を通じて”、そこで生きている間に“思想し、行為したことの総決算の結果に現われ”、
それによって“総決算の結果に現われた状態によって、それぞれの世界に通ずる道が自らにして目前にひらかれてくる”、
これは個の心(靈)の霊的成長度、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)、そして“思想し、行為した”その“善悪”により、“中間世界”からは、それぞれの個の心(靈)に応じた“無数の道が無数の世界に通じており”と述べられ、またそれは先に述べたとおり、個の心(靈)の“地上人”の段階における“思想し、行為したことの総決算の結果”により、その個の心(靈)にとって“それぞれの世界に通ずる道が自らにして目前にひらかれてくる”のであるし、それは先回の“其所(そこ)に、はかり知れない程の大きく広い、神の世界が展かれている”のであり、個の心(靈)にとっての“変圧”(アミの本で使われた概念。高い振動の霊的存在はいきなり低い心(靈)とは、感応共振しない)の過程を“上”が鑑み、その個の心(靈)に適切な“それぞれの世界に通ずる道”があることを示唆しており、程度の低い個の心(靈)はいきなり高い世界に移行しえないということの読み取るべきである。
またここまでのことは、個の心(靈)、これは自身、自分自身のそれ、またそれは地震の巻の 二曰んの○キ の“二曰ん”の表記の意味に当たる。 それは、“二”は肉体の意、“曰”は、口(息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)の意)+乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)であり、ひらがな(“創造”の“主(ヌシ)”に対して被造物である人間の視点)表記の“ん”は、“風止麻邇言霊学(ふとまにことだまがく)”から引用する。
“ン”は、終わり、終焉、終わっている、最終段階、あるいは、これ以上先に進まないの意
なので、“ん”(ひらがな(“創造”の“主(ヌシ)”に対して被造物である人間の視点)表記)は“地上世界”に位置している段階、生きている自分自身、その個の心(靈)の“生後”の段階の終わり、ありていに言えば死を指し示すものである。

 次の文。
“否、その各々によって自分自身が進むべき道をひらき、他の道、他の扉は一切感覚し得ないのである。 故に、迷うことなく、自分の道を自分で進み、その与えられた最もふさわしい世界に落ち付くのである”

 “否”に続く文言は、先に述べた通り個の心(靈)の霊的成長度、息吹、そして“善悪”、により、“その各々によって自分自身が進むべき道をひらき”と称され、それ以外、“他の道、他の扉”はその個の心(靈)にとっては不適切であるから“他の道、他の扉は一切感覚し得ない”と述べられている。 それは個の心(靈)自身の要素によって“自分自身が進むべき道をひらき”、これは個の心(靈)が持つ振動により個の心(靈)が“観察と認識”する現津(あきつ)、観察され得る事象があるのだ、の意であるし、個の心(靈)が持たない振動による“他の道、他の扉”は、個の心(靈)に“映像”され得ない事象であるから、という意味である。 それを“故に、迷うことなく、自分の道を自分で進み、その与えられた最もふさわしい世界に落ち付く”と述べられているものである。

 これに続く次の文。
“他から見て、それが苦の世界、不純な世界に見えようとも、当の本人には楽天地なのである。 何故ならば、一の世界に住むものには、二の世界は苦の世界となり、二の世界に住むものには、一の世界は また苦の世界と感覚するからであって、何れも自ら求むる歓喜にふさわしい世界に住するようになっているのである。 また一の世界における善は、二の世界では善でなく、二の世界の真が一の世界に於ては真でない場合も生じてくる”

 これは先の“各々によって自分自身が進むべき道をひらき”、これが個の心(靈)の要素、霊的成長度の段階、息吹の分類、“善悪”の基準、その相違、自分たちは“善”だと認識していたとしてもそれは“上”から観たなら当たり前か、あるいはその個の心(靈)にとって都合の良い“善”であったりもするが、これも霊的成長の高低ということがあるから仕方がないのであり、それを
“他から見て、それが苦の世界、不純な世界に見えようとも、当の本人には楽天地”
そして、
“一の世界に住むものには、二の世界は苦の世界となり、二の世界に住むものには、一の世界は また苦の世界と感覚する”
そして、
“一の世界における善は、二の世界では善でなく、二の世界の真が一の世界に於ては真でない場合も生じてくる”
と称されている。
しかしながらそれはその個の心(靈)にとって適切な“世界”、それは先の“各々によって自分自身が進むべき道をひらき”そして“何れも自ら求むる歓喜にふさわしい世界に住するようになっている”、これは何度も述べるがその個の心(靈)の要素、振動としての要素、これによって、個の心(靈)自身が“映像”され得る事象として“観察と認識”するそれであり、また重複するが先の“他の道、他の扉は一切感覚し得ない”のである。

 次の文。
“しかし、その総ての世界を通じ、更に高き 
ローレンツ力 に向って進むことが、彼等の善となるのである。 ローレンツ力 は中心であり、大歓喜であり、神である”

 この“
ローレンツ力  ”、“中心”に生じるローレンツ力の表記は、“上”からの振動の取り込みと感応、それは“直接内流”、神の思惑であり、よって、その個の心(靈)が位置する場(フィールド)が高かろうが低かろうが、“善”であろうが“悪”であろうが=“その総ての世界を通じ”、そこにおいて“更に高き ローレンツ力 に向って進む”、少しづつ進化(霊的成長、神格化に向かうこと)すると称され、これら自体がその個の心(靈)の要素、個の心(靈)が持つ振動によること、その振動ゆえに“観察と認識”しうる事象の相違、“映像”され得る事象の相違、ということであるが、そこにおいて個の心(靈)自体が有する“ ローレンツ力 ”ローレンツ力は“直接内流”になるといえ、結果それはその個の心(靈)自体の“彼等の善となる”、そしてそれは、“その三”で取りあげた
“地獄的な世界は暗黒に満たされている故に、この世界に行く扉は閉ざされているのと同様であって、極めて進みにくいのである。 天国には昇り易く、地獄にはおち難いのが実状であり、神の御意志である”
ということになり得る。
 そして“ 
ローレンツ力 ”ローレンツ力、“直接内流”は進化(霊的成長、神格化に向かうこと)のためのものであるがゆえに“大歓喜であり、神である”と称されている。

 今回はこれくらいにしときまんねん。


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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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アセンションを見誤る

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☆ Kellyさん的事象の観察と認識 (105)
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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