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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、45年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 地震の巻 第十九帖 Kellyさん的解釈 “その三”


 今回も、地震の巻 第十九帖の以下の文言(先回の続き)を解釈することとする。

これら天国の組織は、人体の組織と対応し、天国の一切の事象と運行とは、人体のそれに対応している。 オ、ウなる愛は曲線であり、心臓である。 エ、イなる真は、直線であり、肺臓に対応して三五七と脈うち、呼吸しているのである。 

 今回の文言は、“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、“創造”の“主(ヌシ)”の“創造”による被造物であるそのすべて、は、フラクタル(fractal)(自己相似性、自然界のデザインにはどこか共通したものがある)であるということを理解していないと読み解くことが出来ない。
 それは、以前にも述べたことがあるが“地上人”の学問としてのフラクタル(fractal)の概念は、形、形状の相似象しか観ていない。 
形、形状は、それを観察した他者の心(靈)が認識しうるものであり、そしてその形、形状はその本体、心(靈)の顕現である。
 その心(靈)の動きは、第十六帖 “その二”で取りあげた以下の文言、
“しかし肉体をすてて、霊体のみとなり、霊界で活動するのであるから、物質は衣にすぎないことが判明する。 肉体をもっている地上人の場合は、その肺臓が想念の現われとなって呼吸する。 霊界に入った時は、霊体の肺臓が同様の役目を果たすようになっている。 また、心臓は、その情動の現われとなって脈打つ。 霊体となってもまた同様であることを知らねばならぬ。 この二つのうごきが、一貫せる生命の現われであって、生前も、生存中も、死後も、また同様である”

この文言に対し以下のような解釈をした。
“地上人”が観て認識している“肺臓”“心臓”は、物質であり、…中略…“地上人が死の関門をくぐった”そうすると
“肉体をすてて、霊体のみとなり、霊界で活動するのであるから、物質は衣にすぎないことが判明する”
物質は“地上世界”において心(靈)だけ“霊界”へ行くのが“死の関門”でもある。 
その物質としての“肺臓”“心臓”は“地上人”の医学で物質的な解析がされているのだが、地震の巻で述べられていることとしては、第十五帖の“直接内流”、神の思惑を止めている心(靈)、それが第十六帖 “その一”の
“考えること、意志すること、行為することの根本は、肉体からではない。 霊的な内奥の自分からである。 この内奥の自分は、神につながっている。 故に、自分自身が考え、意志し、行為するのではなく、自分と云うものを通じ、肉体を使って、現実界への営みを神がなし給うているのである”
また、第十五帖の
“直接内流と称し、この神よりの流入するものが、意志からするときは理解力となり、真理となる。 また、愛より入るときは善となり、信仰力となって現われる。 そして、神と通ずる一大歓喜として永遠に生命する”
これら心(靈)の動き、そして心(靈)の動きあっての行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)
=“故に、自分自身が考え、意志し、行為するのではなく、自分と云うものを通じ、肉体を使って、現実界への営みを神がなし給うている”
これらが行われているが、その理由と根拠として、
“肉体をもっている地上人の場合は、その肺臓が想念の現われとなって呼吸する。 霊界に入った時は、霊体の肺臓が同様の役目を果たすようになっている”
“また、心臓は、その情動の現われとなって脈打つ。 霊体となってもまた同様であることを知らねばならぬ”
この二点であり、この
“心臓は、その情動の現われとなって脈打つ”、
これは○○○大先生的な言い回しをすれば、一切の心(靈)の動きの根拠たりうる愛(炁)であり、“直接内流”は、ア(“亜”)から、イ(出る(いずる)、泉)、そしてそれは“創造”の“主(ヌシ)”の表記である“一”、その振動であるという言い方が出来得るし、さらにそれは神の“思惑の顕現”=現象化、“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、の、“創造”の元たるもの、であるという言い方もできる。 そして“肺臓が想念の現われとなって呼吸する”、この“想念の現われ”とは、○○○大先生が分類した本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性、これに該当するが、下等な生物は心臓から発現しそれから肺臓が出来ていくことを鑑みれば、進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)において“想念の現われ”である先の心(靈)の動きの分類が、進化した動物ほど高度なものになっていくこと、人間という段階になって最終的には智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)の発現とその強化となり…以下略…


 この“肉体をもっている地上人の場合は、その肺臓が想念の現われとなって呼吸する。 霊界に入った時は、霊体の肺臓が同様の役目を果たすようになっている。 また、心臓は、その情動の現われとなって脈打つ。 霊体となってもまた同様であることを知らねばならぬ”
そして
“この二つのうごきが、一貫せる生命の現われであって、生前も、生存中も、死後も、また同様である”
これもまた“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、は、神そのものでもあり、自分たち個の心(靈)でもあり。それ以外の存在一切でもある、がゆえに、それを“観察と認識”したなら、“一貫せる生命の現われ”である“肺臓が想念の現われとなって呼吸する”“心臓は、その情動の現われとなって脈打つ”、これを“この二つのうごき”と称され、重複するがこれ事態を“一貫せる生命の現われ”と称されており、この“一貫せる”“生命”という言い回しが、心(靈)の動きがフラクタル(fractal)(自己相似性、自然界のデザインにはどこか共通したものがある)であるという説明に当たるものである。

 前置きが長くなったが、先に述べた形、形状における相似象がある、それを“これら天国の組織は、人体の組織と対応”という文言から読み取れるし、心(靈)の動きの相似象があるということに関して
“天国の一切の事象と運行とは、人体のそれに対応している。 オ、ウなる愛は曲線であり、心臓である。 エ、イなる真は、直線であり、肺臓に対応して三五七と脈うち、呼吸しているのである”
から読み取れる。
 この“オ、ウなる愛は曲線であり、心臓である”、“心臓”に関しては先の“心臓は、その情動の現われとなって脈打つ”、その“情動”は“肺臓が想念の現われとなって呼吸”、この“呼吸”は息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)であり、その息吹の元たることが“心臓は、その情動の現われとなって脈打つ”であり、それは先回解釈した
“スの神は、アの神と現われ給い、オとウとひらき給い”は、“統治”する“直接内流”は、“ア”であり、それは“オ”生命発生の元根であり“ウ”生物を生み出す力である。
これに当たるものである。
 そして“エ、イなる真は、直線であり、肺臓に対応”、これも先回の解釈を以下にコピペする。
“エとイと動き現われ給う”、“エ”は進化(霊的成長、神格化に向かうこと)であり、“イ”は、ア(“亜”)から、イ(出る(いずる)、泉)、そしてそれは“創造”の“主(ヌシ)”の表記である“一”、この“イ”であり、“ア”の結果とも言いうる。

 また文中の“曲線”は、“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、に対し、広く浸潤する、それ故に“曲線”、“創造”の“主(ヌシ)”を中心とした円周のよう、と言い表わされ、それがまた“ア”であるといえ、“ス”であるといえる。 

 これに対し“直線”は、“真”という生命(生きる使命=存在理由)の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)、真実=真固止を顕現する心(靈)の動きと行動を示し、よってこの場合の“真”という表記自体が、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)、“弥栄”そして神に近付く意の“歓喜”を言い表わした表記であると言いうるし、“上”から“下”を貫く直線状の“直接内流”であるといえる。 

 それで“エ、イなる真は、直線であり、肺臓に対応して三五七と脈うち、呼吸している”の文言をよく見ると
“エ、イなる真は、直線”は、前述した通り進化(霊的成長、神格化に向かうこと)“弥栄”“歓喜”であり、“直線であり、肺臓に対応して三五七と脈うち”は、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)した心(靈)の“肺臓”の“想念”=心(靈)の動きは、“一二三”のオーラを示す“三”、そして進化した体が持つ巻き数の多い神経、ローレンツ力のためのコイルの構造を示す“五”(五は糸巻の象形文字)、そして“一”=智性=1番目のオーラと乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)が重なった表記の“七”、これを読み取ることが出来得る。

 今回はこれくらいにしときまんねん。



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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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