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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、45年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 地震の巻 第十九帖 Kellyさん的解釈 “その四”



  今回も、地震の巻 第十九帖の以下の文言(先回の続き)を解釈することとする。

これらの統治者は権力を奪することなく、また指令することもない。 よりよく奉仕するのみである。 奉仕するとは、如何にしてよりよく融和し、善と、真との浄化と共に、悪と偽の調和をなし、これらの総てを神の力として生かし、更に高度なる大歓喜に到らんかと努力することである。 また統治者自身は、自分達を他の者より大なる者とはせず、他の善と真とを先とし、その歓喜を先ずよろこび、己はその中にとけ入る。 故にこそ、統治者は常にその団体の中心となり、団体の歓喜となるのである。 指令することは、戒律をつくることであり、戒律することが神の意志に反することを、これらの統治者は、よく知っている。 

 先回(“その三”)において、“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、“創造”の“主(ヌシ)”の“創造”による被造物であるそのすべて、は、フラクタル(fractal)(自己相似性、自然界のデザインにはどこか共通したものがある)である、ということを述べた。
 そしてそれは“その二”と“その三”で取りあげた
“肺臓が想念の現われとなって呼吸”
“エ、イなる真は、直線であり、肺臓に対応”
“心臓は、その情動の現われとなって脈打つ”
“ オ、ウなる愛は曲線であり、心臓である”
そして上記の要素は“その二”の表記の
“この二つのうごきが、一貫せる生命の現われ”
これに当たり、これ自体が個々の生命と“創造”の“主(ヌシ)”の共通点である。
それで、今回の文言に登場する“統治者”は“その二”で取りあげた“天国”においての、という意味合いであり、それを以下のように称されていた。
“この 
ローレンツ力 を、スの神と敬称し、歓喜の根元をなしている。 スの神は、アの神と現われ給い、オとウとひらき給い、続いて、エとイと動き現われ給うのである。 これが総体の統治神である。 三神であり、二神である。 ア、オ、ウは愛であり、エ、イは真である”
この文言は“歓喜の根元”=“創造”の“主(ヌシ)”の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)を取り込むローレンツ力 
ローレンツ力 であり、それゆえ“創造”の“主(ヌシ)”の最初の“創造”は、“スの神と敬称し、歓喜の根元をなしている。 スの神は、アの神と現われ給い、オとウとひらき給い、続いて、エとイと動き現われ給う”そしてそれは“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、の、“総体の統治神”と称されている。
 それで“天国”における“統治者”も、今述べた“創造”の“主(ヌシ)”の最初の“創造”、というよりも、最初、という言葉自体が時間の経過を示す表記なので不適切であり、これはやはり、“状態の変化”と言い表わすことにするが、“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、の、“総体の統治神”、これと相似象なのが“統治者”である。

 上記のことを踏まえて冒頭の文を読むと意味がよく解ると思う
“これらの統治者は権力を奪することなく、また指令することもない。 よりよく奉仕するのみである。 奉仕するとは、如何にしてよりよく融和し、善と、真との浄化と共に、悪と偽の調和をなし、これらの総てを神の力として生かし、更に高度なる大歓喜に到らんかと努力することである”

 文頭の“これらの統治者は権力を奪することなく、また指令することもない”、“権力”“指令”などというのは独裁にもつながり他者への尊厳など見失う、こういう発想や概念自体が“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”のものであり、“創造”の“主(ヌシ)”、唯一の神は、“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、の、“弥栄”のために“よりよく奉仕するのみである”と述べられているが、こういったこと事態たった今の“地上人”の、自分の損得しか考えない霊的成長度の心(靈)では理解できないことである。
そして“奉仕するとは、如何にしてよりよく融和し”、これは“創造”の“主(ヌシ)”と個の心(靈)が“融和”する、個の心(靈)がたった今どんな状態であろうが、どんなに進化の程度が低かろうが、いずれは“状態の変化”をして進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して神に近付く=“歓喜”となっていき、神の思惑を自分の思想と認識にする事をのべており、“善と、真との浄化と共に、悪と偽の調和をなし”、“善悪美醜”と“真偽”を個の心(靈)に“観察と認識”させる理由と根拠は個の心(靈)に進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の方向性とそれを知ったらどう息吹くか、どう行動するかを考えさせることをさせ、そのために“御用の悪”もある、ということは地震の巻に入ってから幾度か述べたので詳細は割愛するが、そのことを示した文言であり、“これらの総てを神の力として生かし、更に高度なる大歓喜に到らんかと努力することである”、先に述べた“創造”の“主(ヌシ)”と個の心(靈)の“融和”と個の心(靈)自身が自分の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を見出しそれに向かう“状態の変化”をする、それは“これらの総てを神の力”であり、それを“神の力として生かし、更に高度なる大歓喜に到らんかと努力する”、これが“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、の、“弥栄”のためであり、これは“統治者”でけではなく、すべての“個の心(靈)”がこれを認識しなければならないことでもあると言いうる。

次の文。
“また統治者自身は、自分達を他の者より大なる者とはせず、他の善と真とを先とし、その歓喜を先ずよろこび、己はその中にとけ入る。 故にこそ、統治者は常にその団体の中心となり、団体の歓喜となるのである。 指令することは、戒律をつくることであり、戒律することが神の意志に反することを、これらの統治者は、よく知っている”

 これも“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の発想しかない“地上人”向けに言われていること
“統治者自身は、自分達を他の者より大なる者とはせず、他の善と真とを先とし、その歓喜を先ずよろこび、己はその中にとけ入る”、
これは“統治者”であることを誇示したりしない、当然のことながらその権利など主張したりしない、また、他者に対し意見もしない=“他の善と真とを先とし”そして“先ずよろこび、己はその中にとけ入る”、他者の“善と真”と認識しうること事態が、神の“思惑の顕現”であることを知っている、具体的に述べれば、個々の霊的成長度においての“善と真”がある、それはその霊的成長度において取り込める“直接内流”であることを知っているのがまた“統治者”である。 これに続く“故にこそ、統治者は常にその団体の中心となり、団体の歓喜となるのである”、“統治者”とそれ以外の“他”の“善と真”、これは“団体”の“弥栄”であり、当然のことながら“統治者”はこのことをよく知っており、また“統治者”自身の“直接内流”は、“その二”“その三”で取りあげた“ス”そして“ア”“オ”“ウ”“エ”“イ”の意味合いを持ち、この“直接内流”所以の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)が“他”に及ぶこともよく知っている、それゆえ“統治者は常にその団体の中心となり、団体の歓喜となる”と、述べられているものである。
 これに続く“指令することは、戒律をつくることであり、戒律することが神の意志に反することを、これらの統治者は、よく知っている”、先の“統治者”であることを誇示したりしない、当然のことながらその権利など主張したりしない、また、他者に対し意見もしない、“統治者”は“直接内流”を取り込み息吹く、その息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)は“他”の心(靈)に影響する、それは“統治者”の“直接内流”によって“他”の心(靈)が育ち“善と真”を顕現するものだからこそ、“地上人”のように“指令することは、戒律をつくる”、権利や権限、また意見の主張、これを“他”に押し付ける、などということはしないのだ、それは“戒律することが神の意志に反することを、これらの統治者は、よく知っている”ということであり、先にも述べたが、“統治者”は“総体の統治神”そして“創造”の“主(ヌシ)”とフラクタル(fractal)(自己相似性、自然界のデザインにはどこか共通したものがある)であるからこそ、ただ“他”を“観察と認識”しても、息吹く、のみ、その息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)は、“他”の“弥栄”のため、であるということを述べている。

 今回はこれくらいにしときまんねん。


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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
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目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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☆ Kellyさん的事象の観察と認識 (105)
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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