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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、45年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 地震の巻 第十九帖 Kellyさん的解釈 “その八”



 今回も、地震の巻 第十九帖の以下の文言(先回の続き)を解釈することとする。

またそれは、大いなる歓喜として現われ給う。 光と熱とは、太陽そのものではない。 太陽は、火と現われ、月は、水と現われるが、その内奥はいずれも大歓喜である。 光と熱とは、そこより出ずる一つの現われに過ぎないことを知らねばならぬ。 このことをよく理解するが故に、天国の政治は、常に光の中にあり、また熱の中に育ち栄え、歓喜するのである。 天国の太陽よりは、真と愛とが常に流れ出ているが、その真と、愛とは、太陽の中にあるのではなく、現われ出たものが真と見え、愛と感じられるのみである。 太陽の内奥は大歓喜が存在する。 故に高度の天人の場合は、愛も真もなく、遥かにそれらを超越した歓喜の 
ローレンツ力が感じられるのみである。 この歓喜の ローレンツ力 が、真、善、美、愛となって、多くの天人、天使たちには感じられるのである。 歓喜は、そのうけ入れる天人、天使、霊人、地上人たちのもつ内質の如何によって、千変万化し、また歓喜によって統一されるのであるということを知らねばならぬ。

 冒頭の文。
“またそれは、大いなる歓喜として現われ給う。 光と熱とは、太陽そのものではない”

これは先回の
“愛を中心とする天人は、常に神を太陽として仰ぎ、智を中心とする天使は、常に神を月として仰ぐ。 月と仰ぐも、太陽と仰ぐも、各々その天人、天使の情動の如何によるのであって、神は常に光と熱として接し給うのである”
これの続きであり、この文言を理解するにあたって、第十一帖の以下の文言が必須となるので以下にコピペ。
“霊人の言葉は歓喜より発するが故に歓喜そのものであり、神の言葉でもあるが、その霊人のおかれている位置によって二つのものに大別し得る。 歓喜の現われとしての愛に位置している霊人の言葉は、善的内容を多分に蔵している。 故に、柔らかくして連続的であり、太陽の 
ローレンツ力と ○ (ひかり)と ●(熱)とに譬えることができる。 また、歓喜の現われとして真に位置する霊人の言葉は、智的内容を多分に蔵している。 故に、清く流れ出でて連続的ではなく、或る種の固さを感じさせる。 そしてそれは月の光と、水の如き清さとを感じさせる”

この
“歓喜の現われとしての愛に位置している霊人の言葉は、善的内容を多分に蔵している。故に、柔らかくして連続的であり、太陽の 
ローレンツ力と ○ (ひかり)と ●(熱)とに譬えることができる”
“歓喜の現われとして真に位置する霊人の言葉は、智的内容を多分に蔵している。 故に、清く流れ出でて連続的ではなく、或る種の固さを感じさせる。 そしてそれは月の光と、水の如き清さとを感じさせる”
こう述べられている通り、個の心(靈)である“天人”と“天使”が“愛を中心とする天人は、常に神を太陽として仰ぎ、智を中心とする天使は、常に神を月として仰ぐ”、こうやって“太陽”と“月”を“観察と認識”をするのは“月と仰ぐも、太陽と仰ぐも、各々その天人、天使の情動の如何による”、これは先回解釈した通り個の心(靈)の進化過程、どの段階の“状態の変化”をしているのか、またどういう種類の息吹なのか、によるものである。

これに続く次の文。
“太陽は、火と現われ、月は、水と現われるが、その内奥はいずれも大歓喜である。 光と熱とは、そこより出ずる一つの現われに過ぎないことを知らねばならぬ”

 この“太陽は、火と現われ、月は、水と現われるが、その内奥はいずれも大歓喜である”、それは個の心(靈)がその霊的成長度と息吹の種類という要素で“観察と認識”しうるので、“太陽”と“月”と認識するのであるが、その実態は“その内奥はいずれも大歓喜”と称され、これは“創造”の“主(ヌシ)”の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)そのものを仲介した存在、その息吹、これを“太陽”と“月”と認識するの意。
そしてそれは、“地上人”においては天体としての太陽や月に当たるものである。 少々余談になるが、“地上人”が“創造”の“主(ヌシ)”の息吹を直接、感得することは出来得ない、それは“変圧”(アミの本で使われた概念。高い振動の霊的存在はいきなり低い心(靈)とは、感応共振しない)という法則性があるからであり、ここまで取り上げている“天国”や“天人”あるいは“霊人”、これと“地上人”を比べるならば、てんで低い霊的成長度であることは言うまでもないが、“上”は“直接内流”を送り贈りしながら“下”である“地上人”に影響を与えその心(靈)を育てようとしている、ということも“地上人”が知らねばならないことであり、この“変圧”という過程を経た心(靈)の“状態の変化”も、先回解釈した“天国”の“団体”そして“各家庭”における進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)がフラクタル(fractal)であるということと一致するものであり、先回と重複するが艮(うしとら)の金神はまず黒住教で朝日の日拝(にっぱい)(太陽凝視の入門、初心者向け)を教え、今後=アセンション後に移行すべき心(靈)の資質のある人間を輩出しよとした。
 話を戻し、“太陽”“月”それを個の心(靈)がどう“観察と認識”しようが、その実態は先に述べた通り“創造”の“主(ヌシ)”の息吹が“変圧”の過程を経て個の心(靈)に送り贈られているものであり、それを
“大いなる歓喜として現われ給う”
“太陽は、火と現われ、月は、水と現われるが、その内奥はいずれも大歓喜である”
“光と熱とは、そこより出ずる一つの現われに過ぎないことを知らねばならぬ”
と述べられているものである。

 次の文。
“このことをよく理解するが故に、天国の政治は、常に光の中にあり、また熱の中に育ち栄え、歓喜するのである。 天国の太陽よりは、真と愛とが常に流れ出ているが、その真と、愛とは、太陽の中にあるのではなく、現われ出たものが真と見え、愛と感じられるのみである”

 この文は文末から解釈すると理解しやすい。 それは“真と、愛とは、太陽の中にあるのではなく、現われ出たものが真と見え、愛と感じられる”これは先の“月と仰ぐも、太陽と仰ぐも、各々その天人、天使の情動の如何による”と同様に、個の心(靈)がその“状態の変化”の程度により、“創造”の“主(ヌシ)”の息吹を“真と見え、愛と感じ”と“観察と認識”する、この表記自体が個の心(靈)の“観察と認識”を説明しているのであって、それは“真と、愛とは、太陽の中にあるのではなく、現われ出たもの”、この“現われ出でたもの”を“真と見え、愛と感じ”ていくものだということ。 
そしてそれは“天国の政治”である、その“政治”は、“創造”の“主(ヌシ)”の“創造”とフラクタル(fractal)であるがゆえに“常に光の中にあり、また熱の中に育ち栄え、歓喜する”、この文言中の“光”“熱”そして“歓喜する”=“直接内流”をうけること、これら一切が“上”からの振動によるものであるからこそ、こうやって称されているものである。

 次の文。
“太陽の内奥は大歓喜が存在する。 故に高度の天人の場合は、愛も真もなく、遥かにそれらを超越した歓喜の 
ローレンツ力 が感じられるのみである。 この歓喜の ローレンツ力 が、真、善、美、愛となって、多くの天人、天使たちには感じられるのである。 歓喜は、そのうけ入れる天人、天使、霊人、地上人たちのもつ内質の如何によって、千変万化し、また歓喜によって統一されるのであるということを知らねばならぬ”

 冒頭の“太陽の内奥は大歓喜が存在する”、これは先の“太陽は、火と現われ、月は、水と現われるが、その内奥はいずれも大歓喜である。 光と熱とは、そこより出ずる一つの現われに過ぎないことを知らねばならぬ”、
 このことをよく理解して、これに続く
“故に高度の天人の場合は、愛も真もなく、遥かにそれらを超越した歓喜の 
ローレンツ力 が感じられるのみである。 この歓喜の ローレンツ力 が、真、善、美、愛となって、多くの天人、天使たちには感じられるのである”、
これは“高度の天人の場合”は、“愛も真も”観察しえないしその認識もない、の意味合いであり、これはその“高度の天人”がいかに神に近いか、神に近いからこそ“愛”も“真”、その反対や真逆の意味合いのことを認識していない、それは高いからこそ、神に近いからこそその“上”“下”の区別もないのであり、“愛”も“真”も当たり前のこと。 
 そして“高度の天人”は、“遥かにそれらを超越した歓喜の 
ローレンツ力 が感じられるのみ”、これは“直接内流”そのものを“愛”や“真”と感得しない、その区別がない、これは憶測だがその“高度の天人”の“直接内流”による個の心(靈)の動きは“創造”の“主(ヌシ)”の思惑そのものに近い。
 それゆえ“高度の天人”の息吹、それは“遥かにそれらを超越した歓喜の 
ローレンツ力 ”、これは“高度の天人”より“下”が“観察と認識”しうる“真、善、美、愛”でもなく、こういう区別をするのは“高度の天人”より“下”の個の心(靈)なのであり、それを“そのうけ入れる天人、天使、霊人、地上人たちのもつ内質の如何によって、千変万化”するものであるが、それは“うけ入れる”個の心(靈)である“天人、天使、霊人、地上人たちのもつ内質”、それは霊的成長度の高低、息吹の種類、第十四帖と第十八帖には“内分”という表記があったが、それと同義なのが“内質の如何”であり、“創造”の“主(ヌシ)”の息吹をどう“観察と認識”するか、この“観察と認識”事態が“善(神格化の方向性と智性の受信)”であり、日足(ひたり)回転 渦巻き 左回転 であり、神格化の方向性である。
地震十九 全体が日足(ひたり)  
 そしてそれは、一切万象、生命、事象の実相、そのものであるからこそ“歓喜によって統一される”、すべては“上”からの振動、“直接内流”により“弥栄”し“歓喜”する、これを私的に換言するなら、霊的成長して神に近付いていくという“状態の変化”をするのだ、そしてそれは“歓喜によって統一されるのであるということを知らねばならぬ”、このこと事態が“創造”の“主(ヌシ)”の“創造”と“天国”の“団体”と“各家庭”と、個の心(靈)の中の心(靈)の動き、それはローム太霊の右往左往と左往右往の意味合いのひとうでもあるが、これを“知らねばならぬ”のは、今後=アセンション後に移行する資質と霊的成長度=“内分”と“内質”を持つ個の心(靈)である特定の“地上人”、これが“知らねばならぬ”ことであるということを確信を持って付け加え、今回はこれくらいにしときまんねん。


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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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智性無き心は
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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