“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 下つ巻 第二帖 Kellyさん的解釈




今回も下つ巻 第二帖の解釈をしまんねん。
原文は以下の通り、


今度 岩戸開く御用は、人の五倍も十倍も働く人でないとつとまらんぞ。
岩戸開くと申しても、それぞれの岩戸あるぞ、
大工は大工の岩戸、
左官は左官の岩戸と、
それぞれの岩戸あるから、それぞれ身魂相当の岩戸開いて呉れよ。
慾が出ると分らんことに、盲になるから、神、気つけるぞ、
神の御用と申して自分の仕事休むやうな心では神の御用にならんぞ、
どんな苦しい仕事でも今の仕事十人分もして下されよ。
神は見通しざから、つぎつぎによき様にしてやるから、
慾出さず、素直に今の仕事致して居りて呉れよ、
その上で神の御用して呉れよ。
役員と申しても、それで食ふたり飲んだり暮らしてはならん、
それぞれに臣民としての役目あるぞ、
役員づらしたら、その日から代りの身魂(もの)出すぞ、
鼻ポキンと折れるぞ、
神で食うて行くことならんから、呉れ呉れも気をつけて置くぞ。
七月の十三日、ひつ九のか三。
みなの者 御苦労であったぞ。


この、下つ巻 第二帖は、
自己奉仕者“日月神示”内の表現なら“われよし”、
それは、自分に対する愛(炁)しか顕現して無い進化過程の人・・・
その人達の認識を変えたいって言う言い方に聞こえるし、
その低い心(靈)の顕現しかして無い人を対象に言うてるような感じを受けるけど、
まず・・・冒頭の文、

“今度 岩戸開く御用は、人の五倍も十倍も働く人でないとつとまらんぞ。”

“今度 岩戸開く御用は、”って言うのんは、先生の岩戸の解釈、
それは、
“岩戸”=山(脳)+石(腹の水の中の帯電するミネラル)+“一”=智性=1番目のオーラ+尸(しかばね、かばね、肉体の事)・・・で、
今まで何回も言うた事でんねん。
現状の平均的霊的進化過程より相対的に、
“一”=智性=1番目のオーラを持った人(日止、霊止)、
そやからそれは、
智性(日を知った上で獲得した性質)を持った人(日止、霊止)って事でんねん。

その“岩戸”って言う言葉は、文を観れば解る通り以下の言葉に掛かる。
“今度”=アセンション後、
“御用”=アセンション後に位置出来る霊的資格って事でんねん。

そやからそれは自己奉仕者って言うのんは、
人を利用したり、沢山の金をたいした手間を掛けずに集める事をかんがえる。
手間を掛けずに金を儲ける・・・
前に先生と話したS会=紫光会の経文“四空経録”の中の言葉、
“諸物汗取(しょぶつかんしゅう)”
“諸財血贖(しょざいけっしょく)”
諸々の物や財は汗で獲得し血で贖う(あがなう)。
こういう言葉がアホらしいとか思い、
この言葉の貴さが解らへん人がやる事って言うのんは、
投機の類・・・株や投資信託・・・詐欺とか泥棒とかの犯罪とかももそうやな。
ほんでから自己奉仕者の考える事は、なんでも投機対象にする・・・
石油、バイオエタノールの為のトウモロコシ、ほんでからレアメタルなど・・・
少し財力を持ってると、低い心(靈)の発現の人の考える事って言うのんは、
大体パターンがある。
もっと稼ぎたい、儲けたい・・・それは悪魔の囁きでしかなく、
その為に誰かが犠牲になって、
恨みの連鎖の霊的干渉がどんどん増えるなんて夢にも思わへん。
そやから低い心(靈)の発現の自己奉仕者はそう言う事にしか興味を示さず、
そしてそれを実践して自分の“力”を示す・・・
それは低い功名心と自尊心の発現の霊的成長の過程でしか無い。
ほんでから今迄は、そう言う霊的進化過程の人が活躍する時期でも有り、
そして今後失敗する=右往左往から左往右往に入る前段階でも有る。
そやから今後はもっと凄い事が起きるやろし・・・
まあエエわ。
それぞれの霊的進化過程の事をいちいち問題にしてたらきりが無い。

話を戻し、次の文は、

“岩戸開くと申しても、それぞれの岩戸あるぞ、
大工は大工の岩戸、
左官は左官の岩戸と、
それぞれの岩戸あるから、それぞれ身魂相当の岩戸開いて呉れよ。”

この文の中の“大工”、
これは職業としての大工さんって言う意味だとはとても思えへん。
“大”って言う字は、
胸の磁性“十” + 人(日止、霊止)って言う解釈を先生が前にした。
ほんでから“大工”の“工”は
二=肉体のオーラに(たて棒、コン)で、
“日月神示”内の表現の“江戸と尾張”の、
“江”から(氵)さんずいを外した字でもある。
そやからこれは腹の段階の磁性やな。
腹の段階のサイクロトロンって言うてもエエな。
これは物質世界(と感じられる事象)の“創造”って事やな。

それに対し“左官”は、
左=日足(ひたり)の“宮”で、
“宮”は、宀(うかんむり)=頭と、“呂”
日足(ひたり)の思い(心、靈、の四つの場(フィールド)、大脳の新皮質)の、
“呂”って事で、ほんでから“呂”は、エネルギーの回転やな。
そやからこれも、左官屋さんの事を言うてるとは思えへん。
そやからこの文の中の“大工”は、この世界の“創造”の為の発振、発信。
“左官”は、日足(ひたり)の思いの思想で、
この二つの言葉はこの文の冒頭の言葉、
“それぞれの岩戸”に掛かる。
物質世界の事象の創造をする人=大工は、
左官=日足(ひたり)の思想を持った人と違い、
仮にそういう事ならそれは、
霊的進化過程による区別になるけれど、
それは霊的進化による“上”と“下”の段階の事も言うてるな。
そやから当然、事象の創造って言うのんは、
日足(ひたり)の思いで創られんと良いカタチにはならへんって事で、
ほんでからこの言葉自体が自分達の心(靈)の中の事でも有り、
個人個人の霊的成長度に於いて、
その役割分担がハッキリするって事でも有るやろけど、
それだけでなく、
“大工”の役目とか“左官”の役目とかではなく、
やっぱり自分の心(靈)の動きの“創造”の仕組みが、
思惑と顕現って事で、順序が逆やけど、
思惑=“左官”で、顕現=“大工”って事やな。

そやからこの文そのものは、
今より相対的に霊的進化した人(日止、霊止)、
自我より“上”の心(靈)の発現をした人(日止、霊止)、
“慈悲”と“慈愛”の発現をし始めた人(日止、霊止)、
ほんでからそれは下つ巻 第二帖の一番初めの文、
“今度 岩戸開く御用は”・・・に、掛かるって事でんねん。
そやからこの文の中の“大工”と“左官”は、
人(日止、霊止)としての良いカタチの“創造”って事でんねん。

ほんでから次の言葉も自己奉仕者に言うてる言葉で、
“慾が出ると分らんことに、盲になるから、神、気つけるぞ、”
・・・って事でんねん。
そやからさっきも言うたけど自己奉仕者って言うのんは、
政治も宗教も天皇制も、
幸福の概念も、
霊能力も主護霊の概念もヨガもオーラも、なんでも形骸にして本当の事を知らん。
そしてそれを一般的な通念にする・・・それが悪魔の思惑でんねん。
ほんでから形骸しか認識が無いからそれは“盲”って事でんねん。
ほんでから前に解釈した、上つ巻 第二帖にもこんな文があったやん。

“盲が盲を手を引いて何処へ行く積りやら、
気のついた人から、
まことの神の入れものになりて呉れよ、”

・・・とか、

“人の知恵で一つでも善き事したか、何もかも出来損なひばかり、
にっちもさっちもならんことにしてゐて、まだ気がつかん、
盲には困る困る。”

そやから“盲”=形骸の価値感しか認識として持ってへん様では、
あきまへんで~!!って事でんねん


ほんでから次の文は、

“神の御用と申して自分の仕事休むやうな心では神の御用にならんぞ、
どんな苦しい仕事でも今の仕事十人分もして下されよ。”

神の御用=“上”からの“思惑の顕現”=現象化は、
政治も宗教も“上”からの思惑が“下”に垂れたもので、
そやからそれは、
神聖な事象の創造をするにはこれくらいの心(靈)構えでなければいけないって事で、
その逆は、
何でも上手い事やって、
“力”(力、知恵、知識・・・学問・・・能力、そして霊能力を含む)を、
自分の利益の為に利用する。
そやからそう言う発想をしてはいかんって事でもあると思いまんねん。
ほんでから今は、何でも上手い事やって金儲けして、
恨みの連鎖の霊的干渉を増やしたり、
高い心霊からの知識をどんどん低いものにしてる、
低い霊能力者が注目されたりもする。
これも地球の場(フィールド)としての右往左往でしか無いと思えるし、
その事も次の文で指摘されているやんか。

“神は見通しざから、つぎつぎによき様にしてやるから、
慾出さず、素直に今の仕事致して居りて呉れよ、
その上で神の御用して呉れよ。”

低い欲望が、
何でも価値のあるものを形骸にして行く心(靈)の動きになる。
そんなもんは“上”は知ってて“上”を信じて今やれる事を精一杯、
自分の心(靈)の中の相対的に“上”の心(靈)の動きで、
それは“悪(心の動きの本能化と低振動化)”に対し、
“善(神格化の方向性と智性の受信)”の心(靈)の動きで、
何でもやっていけばエエって事で、
“上”の思惑の受信による事象の“創造”と顕現が、
“神の御用”って事になりまんねん。

ほんでから次の言葉は、
形骸の価値感に振り回されてはいかんって言う意味と、
今現在、形骸の価値感でトップに立ってる人に言うてる言葉でんねん。

“役員と申しても、それで食ふたり飲んだり暮らしてはならん、
それぞれに臣民としての役目あるぞ、
役員づらしたら、その日から代りの身魂(もの)出すぞ、”

“役員づら”・・・よう自覚して欲しいもんでんな。
ほんでから次の言葉も形骸の価値感でtopに立ってる人に言うてる。

“鼻ポキンと折れるぞ、”

この言葉は何回も“日月神示”に出てくるけど、
天狗になってる人、エエ気になってる人、低い功名心と自尊心で慢心してる人、
政財界のtopとか形骸の宗教法人のtopとか、テレビに出てるとか、
それは大きな金を集める為でしかなく、自分の欲望の為に、
人に対し、
自分たちが持ってる“力”(力、知恵、知識・・・学問・・・能力、そして霊能力を含む)を、
利用し、欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとか・・・そう言う事をして“力”を示し、
その事に対し善悪など感じない。
その場(フィールド)に共存する沢山の人を、
程良く霊的成長=(神格化の概念の元に考える)幸福に導く為の、
政治ではなく、私利私欲の為の形骸の政治になり、
ほんでから、
人の在り方を示す指標の為の“上”から“下”に降りた教示とも言える宗教を、
形骸にしてしもた。
そう言う人の事でも有る。

ほんでから功名心と自尊心は事象の“創造”の為に必要な心(靈)でもある。
“創造”の動機になる心(靈)の動きでもある。
自分の欲望を満たしたいのか・・・それで得られる功名心と自尊心。
自己と他者の霊的成長の為に“力”を贖う(あがなう)・・・
その達成感から得られた功名心と自尊心。
その両者には大きな違いが有るけど、
結果、功名心と自尊心は腹の段階の心(靈)の発現で、
チャクラで言えばマニピューラチャクラの段階の自我でもあるからで、
今言うた後者の心(靈)の動きになるには、
自我に、智性と“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の動きがなければ、
そうはならない。
そやからそれは、
何の為にその心(靈)・・・功名心と自尊心を、
自分でどう扱い、
(自己観察し、“観自在”“直日(なおひ)”自省(胸の磁性“十”)の“行”)
活かして行くのか・・・って事でんねん。

そう言う点でも次の言葉、

“神で食うて行くことならんから、呉れ呉れも気をつけて置くぞ。”

“上”から受信した知識=宗教とか、政治の為の法とか、
“上”から許可になった力=霊能力の発現とか、(科学の)発明発見とか、
そう言う“力”に対し、
それを貴いものにするにはその使い方が大事で、
何回も言うけど、今は自己奉仕者が、
“力”(力、知恵、知識・・・学問・・・能力、そして霊能力を含む)を、
自分の為にしか使わず、
結果としては金儲けしかしていない。
そやから、そんなものには何の価値もなく、
当然そんな心(靈)の動きの人は、その進化過程の人は、
次の世界=アセンション後の“創造”を、
“上”から託される霊的成長度では無いって事でんねん。

今回はこれくらいにしときまんねん。

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
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自分達の欲望を満たしたい… 
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こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
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(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
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の思惑だと 思えます)

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