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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

Kellyさんが“日月神示”地震の巻の解釈を終えてから…感じた事。“その二十八”



 今回は第十八帖から“神律”を感じさせる文言を取り上げて解釈する。

 その前に、ここまでの地震の巻の解釈、その随所で述べてきたことを以下に箇条書きとする。

1. 言うまでもないことであるが、“創造”の“主(ヌシ)”の“創造”の結果が“一切万象”“全体”“生命”事象の実相、である。

2. そして“一切万象”=生命が観察しうる一切の事象、それはまたすべて“創造”の“主(ヌシ)”の内にあることである。 それゆえにまた、それは“全体”とも称されている。

3. われわれ“地上人”をも含むすべての“生命”、それは“上”から“下”まで、解り易い事柄を述べるなら“地上”においては下等な微生物から人間まで、それらがすべて“直接内流”=“上”からの振動の取り込みを行い、これが心(靈)(ヒ)が発現の根拠と理由たることである。 また“直接内流”は“創造”の“主(ヌシ)”の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)に由来することである。

4. その“直接内流”の取り込み具合、それは進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)という段階があり、そこには霊的成長度の高低が見受けられるものである。

5. その進化過程の“上”“下”の程度に応じての事象の“観察と認識”しかできないにしても、その個々の心(靈)の中に“創造”の“主(ヌシ)”が位置してその個の心(靈)と同時に“創造”の“主(ヌシ)”自身も事象の観察を行いつつある。

6. さらに、個の心(靈)とその心(靈)の中に位置している“創造”の“主(ヌシ)”が事象の“観察と認識”をするからこそ、(重複するが)個の心(靈)と“創造”の“主(ヌシ)”が息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)して新たな事象を“創造”する。 これが事象の実相であると言いうる。

 これらのことを前提に、第十八帖の文言を観ることとする。

 冒頭の文。
“神から出る真、善、美、愛の用に奉仕するのが霊人たちの生命であり、仕事であり、栄光であり、歓喜である”

 これは先の4.の、“直接内流”の取り込み具合、進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)に由来する文言でもあり、神のひな型である人間、さらに、人間が“死後”に移行して“霊人”という“状態の変化”をしても、“真、善、美、愛の用に奉仕する”、これが“生命であり、仕事であり、栄光であり、歓喜である”、これは個の心(靈)が“上”に近付く、神に近付く指標たることであり、さらにそれは心(靈)の動きとしての実践と言え、それだからこそ“用に奉仕するのが霊人たちの生命”という言い回しをされているし、またその“用”は“創造”の“主(ヌシ)”の息吹、“神から出る”でもある。 それだからこそ“地上”の動物の進化を観るならば、人間が“真、善、美、愛”を一番認識しており他の動物より体現しうると言いうるものである。 ただしこれには○○○大先生が著書で述べた「“美”は形骸の“美”、外側(外国と幽界)の事象のそれではなく、行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)で示す」ということを鑑みるべきであることを付け加えておく。

 次の文。
“故に、霊界における霊人たちの職業は、その各々の有する内分により、段階によって自ら定まる。 為にその用は無数であり、且つ千変万化する。 歓喜第一、神第一の奉仕が霊人の職業である。 故に、自分自身の我が表に出た時は、力を失い、仕事を失い、苦悩する。 霊人の仕事は限りなく、地上人の仕事以上に多様であるが、より良さ、より高さ、より神に近い霊人生活に入るための精進であり、喜びであることが知られる。 そして、その何れもが神の秩序、即ち大歓喜の秩序、法則によって相和し、相通じ、全般的には一つの大きな神の用をなしているのである。 故に、何れの面の用をなすとも、自己というものはなく、弥栄あるのみ、神あるのみとなる”

 ここで述べられている“職業”の表記は、先の“神から出る真、善、美、愛の用に奉仕するのが霊人たちの生命であり、仕事”、これに相当することで“地上人”の低い認識で思うそれをあてはめてはならない。 よって先の“用”と今取り上げた“職業”は、自分自身が、以下に“直接内流”を取り込むか、それにかかることである。 
 その“直接内流”の取り込みには、振動の法則性としての“変圧”(アミの本で使われた概念。高い振動の霊的存在はいきなり低い心(靈)とは、感応共振しない)が当てはまるので“各々の有する内分により、段階によって自ら定まる”、これは霊的成長度の高低の段階とその心(靈)の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)の種類という要素があるのだ、である。
 そしてそれは“創造”の“主(ヌシ)”の“創造”由来の事柄であるがゆえに、“無限段階”であることを“為にその用は無数であり、且つ千変万化する”、そして“霊人の仕事は限りなく、地上人の仕事以上に多様であるが、より良さ、より高さ、より神に近い霊人生活に入るための精進であり、喜びであることが知られる”とも称されている。
 またここでは“霊人”と前置きされているが、われわれ“地上人”もいずれ“死後”に移行して“霊人”となる、その際の霊的成長の段階は共通であるが故に“歓喜第一、神第一の奉仕が霊人の職業である”ということを理解しておけ、であり、その際に自分に対して注意をしなければならないのは“自分自身の我が表に出た時は、力を失い、仕事を失い、苦悩する”、これを知っておかねばならず、自分の自我を自分で諌めることをするべきなのだと読み取るべきである。 さらにそれは“故に、何れの面の用をなすとも(“無限段階”のどの段階であろうとも)、自己というものはなく、弥栄あるのみ、神あるのみとなる”、こうやって“霊人たちの生命”である“歓喜第一、神第一の奉仕が霊人の職業”ということを認識(悟り、幸取=さとり)とせよ、である。

 次の文。
“なお注意すべきことは、霊界において、権利なるものは一切感ぜず、義務のみを感じているということである。 即ち、義務することが霊人の大いなる歓喜となるのである。 為に、命令的なものはない。 只、ひたすら奉仕があるのみである”

 これは、自我を諌めるための指標となる文言といえ、自我所以の考えである“権利”とか“義務”とかの概念は神に近付けば近付くほど消失するものである。
しかしながら程度の低い“地上人”にその様子を説明するため“義務のみを感じているということである。 即ち、義務することが霊人の大いなる歓喜となる”、そして“只、ひたすら奉仕があるのみ”こういった言い回しがされているものであることを読み取るべき。

 次の文。
“その奉仕は地上人であった時の職業と相通ずるものがある。 何故ならば、霊と物とは対応しているからである”

 この“霊と物”、これは第三帖の
“愛の影には真があり、真の影には愛がはたらく。 地上人の内的背後には霊人があり、霊人の外的足場として、地上人が存在する。 地上人のみの地上人は存在せず、霊人のみの霊人は呼吸しない。 地上人は常に霊界により弥栄する。 弥栄は順序、法則、形式によりて成る。 故に、順序を追わず、法則なく、形式なき所に弥栄なく、生れ出て呼吸するものはあり得ない。 個の弥栄は、全体の弥栄である。 個が、その個性を完全に弥栄すれば全体は益々その次を弥栄する。 個と全体、愛と真との差が益々明らかになれば、その結合は益々強固となるのが神律である。 霊界と物質界は、かくの如き関係におかれている。 其処にこそ、大生命があり、大歓喜が生れ、栄えゆくのである”
この“霊界と物質界は、かくの如き関係”、
これを簡略にした言い回しである。 
 ここで大事なのは第三帖の“地上人のみの地上人は存在せず、霊人のみの霊人は呼吸しない”、この“呼吸”の表記の意味合いは、個の心(靈)が事象の観察をする、それは振動の受信であり“呼吸”の“吸”にあたり、その事象の観察により心(靈)が動き息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)することを“呼”と称されていることに気付くべき。

 次の文。
“生前は生後であり、死後はまた生前であって、春秋日月の用をくりかえしつつ弥栄えている。 従って、霊界に住む霊人たちも、両性に区別することができる。 陽人と、陰人とである。 陽人は、陰人のために存在し、陰人は、陽人の為に存在する。 太陽は、太陰によりて弥栄え、太陰は太陽によりて生命し歓喜するのである。 この二者は、絶えず結ばれ、また絶えず反している。 故に、二は一となり、三を生み出すのである。 これを愛と信の結合、または結婚とも称えられている。 三を生むとは、新しき生命を生み、且つ歓喜することである。 新しき生命とは新しき歓喜である。 歓喜は物質的形体はないが、地上世界では物質の中心をなし、物質として現われるものである。 霊界に於ける春は、陽であり、日と輝き、且つ力する。秋は、陰であり、月と光り、且つ力する”

 この文言中の“太陽は、太陰によりて弥栄え、太陰は太陽によりて生命し歓喜するのである。 この二者は、絶えず結ばれ、また絶えず反している。 故に、二は一となり、三を生み出すのである。 これを愛と信の結合、または結婚とも称えられている。 三を生むとは、新しき生命を生み、且つ歓喜することである。 新しき生命とは新しき歓喜である”これは
すでに解釈したように
“二義的”(根本とは相違する、根本から派生した何か)な事柄、その相対、“大平衡”によることで、文中の“生前”から“生後”、“死後”から“生前”(再び“地上人”となる直前)の“状態の変化、そして“春秋日月”、そして“陽人と、陰人”、そして“太陽”と“太陰”、 これらがあってこそ、次の文の表記に続く。

“この春秋のうごきを、また、歓喜と呼ぶのである。 春秋の動きあって、神は呼吸し、生命するとも云い得る。 また、悪があればこそ生長し、弥栄し、且つ救われるのである。 故に神は、悪の中にも、善の中にも、また善悪の中にも、悪善の中にも呼吸し給うものである”

 重複するが、これら“二義的”な事柄、これらを先の

4.その“直接内流”の取り込み具合、それは進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)という段階があり、そこには霊的成長度の高低が見受けられるものである。

ということを鑑みて読み取るべきであり、さらに

5.その個々の心(靈)の中に“創造”の“主(ヌシ)”が位置してその個の心(靈)と同時に“創造”の“主(ヌシ)”自身も事象の観察を行いつつある
6.個の心(靈)とその心(靈)の中に位置している“創造”の“主(ヌシ)”が事象の“観察と認識”をするからこそ、(重複するが)個の心(靈)と“創造”の“主(ヌシ)”が息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)して新たな事象を“創造”する。 これが事象の実相であると言いうる。

これが“この春秋のうごきを、また、歓喜と呼ぶ”“春秋の動きあって、神は呼吸し、生命する”、これは5.に相当し、
“故に神は、悪の中にも、善の中にも、また善悪の中にも、悪善の中にも呼吸し給う”、
この文言に5.6.をあてはめて読み取るべきである。

 今回はこれくらいにしときまんねん。


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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
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