“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”下つ巻 第三帖  Kellyさん的解釈



今回も下つ巻 第三帖を解釈しまんねん。
原文は以下の通り、


この神のまことの姿見せてやる積りでありたが、
人に見せると、びっくりして気を失ふもしれんから、
石にほらせて見せておいたのにまだ気づかんから木の型をやったであろうがな、
それが神の或る活動の時の姿であるぞ、
神の見せ物にしてはならんぞ、
お山の骨もその通りぞよ、
これまで見せてもまだ分らんか、
何もかも神がさしてあるのぞ。
心配いらんから慾出さずに、素直に御用きいて下されよ、
今度のお山開き まことに結構であるぞ、
神が烈しくなると、神の話より出来んことになるぞ、
神の話 結構ぞ。
七月の十三日、ひつ九のかみ。


冒頭の文の、

“この神のまことの姿見せてやる積りでありたが、
人に見せると、びっくりして気を失ふもしれんから、
石にほらせて見せておいたのにまだ気づかんから木の型をやったであろうがな、”

この文の中の“神のまことの姿”は、次の言葉の、
“石にほらせて見せておいたのにまだ気づかんから木の型をやった”
この言葉に掛かり、
それは、“石にほらせて見せておいた”の意味が解らんと、
アカンやろから、
この“石”に付いてKellyさんが私見を述べまんねん。
“石”って言う字は、下図の様になってる。

       

“石”の解字 

その意味は、下図参照でんねん。

      

石の意味 荷電粒子の下降 “上”の思惑の顕在化 

そやから“石”の字の“一”は、
“上”の思惑が下降し、それは“上”から地球に注がれる荷電粒子でも有り、
普遍的に実在する創造主のオーラ(宇宙背景放射)でも有り、
宇宙線でも有り、太陽からの(可視光を含む)電磁波でもある。
それらすべて、
人の霊的成長を望む“上”の存在の思惑が電磁波として、
地球=“下”に下降し、
それを生命が取り込む様子、それを示してるのが“石”って事でもある。
ほんでからそれは肉体内の帯電するミネラルって言うのんが、
先生の解釈でもある。

そやけど“石”、
この段階の場合は、身魂磨き=肉体組織の結晶化では無く、
言い換えれば帯電するミネラルの結晶化では無く、
腹の水=“江戸と尾張”の“江”で、
体液中に錯体として存在する=イオン化してるミネラルでも有る。
そやからその“石”って段階は、
腹の段階の心(靈)の発現=その段階の霊的進化過程でも有り、
そやから肉体組織の結晶化に骨の結晶化に至ってないからこそ、
“身魂磨き”って言葉を“日月神示”では言うてる。

そやから現時点での人(日止、霊止)の進化は、
“石”中心の心(靈)の発現でもある。
それは腹の段階の心(靈)の発現、自我の確立=固定化の段階でもある。
ほんでからそれは、
本能、情動、功名心、自我、・・・それが中心の心(靈)の動きが生み出す“創造”は、
自己奉仕者、“われよし”、自分に対する愛(炁)しか顕現して無い進化過程で、
結果としてそれは、真実=真固止では無いって事でもある。

そやから今後、アセンション後の世界に位置する人が霊的進化して、
人(日止、霊止)って言う字の、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)が、
双方相俟って、
更に“行”をして生体内電流の強化により身体磁場を強化し、
肉体組織が結晶化すれば、その“創造”は、
真実=真固止の、
現津(あきつ)=観察され得る事象となるやろ。
そやからこそ、
“下”の立場の人が感じ(感じる磁性)る、
(相対的な比較として)神聖な事象って事になるやろし、
それこそが、真に人が求めるべき神さんの“思惑の顕現”=現象化やろし、
それは又、真の意味での幸福、
それは、
幸=“夭と屰”(ようとげき)と、
福=(神さんを示す意味のある)示す偏(へん)と、
“上”からの思惑が思想になるって言う意味での“畐”って旁(つくり)になる。
(“畐”=“一”+口(場(フィールド))+田(大脳新皮質の四つの場(フィールド)、
或いは思い(心、靈、の四つの場(フィールド))

又、“畐”は、増幅とか輻射とかの意味もあると思える。
神の思惑を自分の思想(山=脳)で増幅し、オーラとして輻射するって事でんねん。

ほんでから余談やけど、
輻射って言うのんは放射って言葉にすりかえられほとんど死語になってるけど、
放射と輻射の違いって事をKellyさん的に思えば、
輻射の“輻”って言うのんは、車+畐・・・
これは先生的な概念から言えば、車=チャクラ=円形粒子加速器の構造で、
ほんでから漢和辞典で輻射の“輻”を見ると、
その意味は車輪の“や”って意味らしく、
それは、車輪って言うのんは、
外周の輪=輪木(りんぎ)と、
スポークにあたる部分=輻(や)と、
車軸に繋がっている部分=轂(こしき)がある。
      

            

車輪 輻射の輻 車と畐 チャクラ 



そやから、放射に対し輻射って言うのんは、
回転しながらエネルギーを放射する様子って思えるな。

・・・しかし・・・余談やった・・・
ちょっと引っかかったから敢えて、
放射と輻射の違いを紹介しときまんねん。
どっちも発振、発信って事には違い無いんやけども・・・


話を戻し、

相対的に今は、嘘っぱちの形骸の事ばかりで、
そこに真実=真固止と認識される何かはとても少ない。
それは、欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとかの低い心(靈)の発現由来の心(靈)の動き=発振、発信が、創造してる事象でしかないから、
それは霊的進化過程として=神さんに近付いていく過程としては、
てんで幼稚で下等で(霊的)進化の法則に則っていないし、
間違ってると言う事でも有る。
そやからこそこの世界の事象には、
真実=真固止、
誠=言葉成る(言葉の意味は自分が発振、発信した振動が完成する)って事は、
とても少ない。
(言葉の成らん人ばかりが政○家になってるみたいなもんやし・・・
主護霊やオーラって言葉を自分の低い認識で形骸にして、
それをテレビで広め、甘い夢を見させて商売してる霊能力者が活躍してるのも、
そうやな。)

そやからこの世界は敢えて言うまでも無く、
霊的進化程度の低い段階の自己奉仕者が活躍して来た世界でも有る。

そやからこの文の中の、
“石”と、
そして“木”=胸の磁性“十”+丿部(へつぶ)と乚部(いんぶ)。
(左右の)木部・・・これに付いては何回も説明した事やから敢えて説明せんけど・・・
(これに付いては前のブログ、
思惑と顕現 “その八” 摩多羅神 (またらしん)を、読んで欲しいねん。)

この二つの字そのものが人の神格化を示す為の仕組みとも言い得る事でもあるし、
現時点の平均的地球人の霊的進化過程は、
“日月神示”内の表現で言えば“石屋の仕組み”の“石”・・・
それは帯電するミネラルで得た“上”からの電磁波=情報が、
“呂”になっていない。
そやからそれは“下”三つのチャクラの覚醒段階とも言え、
本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動から言えば、
自我までしか発現していないとも言える。
そやから、
“石にほらせて見せておいた”=帯電する腹のミネラルが、
“木の型をやった”=木部で吸い上げ“呂”になる。
そしてそれは“日月神示”内の表現の“宮”で、
宀(うかんむり)は頭を示し、
“呂”はエネルギーの“上”と“下”の循環を示す。
それが肉体を持った心(靈)でも有る、
人(日止、霊止)の神格化への仕組みでも有る。

そやから“呂”は、
頭の場(フィールド)と腹の場(フィールド)、二つの“口”+丿部(へつぶ)、
そして丿部(へつぶ)そのものが向かって日足(ひたり)“下”に降りる。
それは、頭の磁性が強くなる=“一”=智性=1番目のオーラが大きくならんとアカンし、
人(日止、霊止)がそうなると“上”の思惑を理解して行く様になる=天意を受けるって事でんねん。
そやから“上”の思惑の積極的な受信と、
それを自分の思想にして認識にする為の“行”が又、太陽凝視でも有る。

そやから次の言葉は、自分に対しての言葉で、それは、
“それが神の或る活動の時の姿であるぞ、”
今言うた“石”と(左右の)木部で自分の思想=广(まだれ)を、
構築しろって事でんねん。
そやから自分の腹=“石”に“上”からの思惑=電磁波を受信し、
(左右の)木部で自分の“上”に吸い上げ、
自分の“上”は言うまでもなく腹から“上”のチャクラって事で、
そやからそれが人(日止、霊止)の在るべき姿でもある。

ほんでから人、日止、霊止、って言う意味での
日を止める、
(“上”からの受信を示してる字=靈という意味での)霊を止める、
(靈の解字に付いては、
思惑と顕現“その十一” “上”の思惑と顕現・・・“天の御目”を、
読んで欲しいねん。)
ほんでからそれは、
人=丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)でも有る。

そやから“石”と木部は、神格化の為の仕組みで、
そやからこそこの文の表現、
“神の或る活動の時”=“上”の思惑を自分に取り込んだ時って事でんねん。

ほんでから次の言葉は、
“神の見せ物にしてはならんぞ、”
これは、宗教を商売にしてはアカンって事でもあるし、
“日月神示”を商売に利用するなって事でもあるし、
(“日月神示”の解釈本を売ってるだけではアカンって言う意味)
ほんでから、自分の認識する神って言うのんは、
自分の神性とか智性で認識するもんやって事でも有る。
誰かが教えるとか本を読めば、
神さんとか霊的成長が誰でも解るとかでは決してない。
そやからほんまは霊的に高い人が自分の外側(外国と幽界)に、
神さんの事を・・・神さんに対する高い認識を示してもあまり意味が無い。
それは、
その人の認識(悟り、幸取=さとり)に応じて=その人の霊的成長度に応じての神さんは、
それぞれ違うからや。
そやから形骸の宗教が出来たりカルト教団なんかも出来る。
ほんでからその形骸って言う意味での神さん・・・それは、
言葉成る・・・自分が発振、発信した振動が完成するって言う意味での、
“誠”では無い。

そやから人(日止、霊止)が霊的成長すれば、
自分と神さんの関係は自分で認識(悟り、幸取=さとり)する。
ほんでからその認識を生み出す高い心(靈)の動きって言うのんは、
自分の中にしか無いし、
当然、自分の外側(外国と幽界)の事象には無いし、
それは、外側(外国と幽界)の事象を自分がどう捉えるのかでしかないし、
(“観自在”“直日(なおひ)”自省(胸の磁性“十”)の“行”)
そやからこそそれは認識の中にしかないって事でもある。

ほんでから自分が霊的成長して神性を獲得したとしても、
それを誰かが見たってすぐには解らへん。
そやから“見せ物”・・・誰かに示しても解らへん・・・
そう言う意味も感じるな。

ほんでから次の言葉も、
ここまでKellyさん的“日月神示”の解釈を読んではる人(日止、霊止)なら、
敢えて説明はいらんけど・・・敢えて注釈をすれば、

“お山の骨もその通りぞよ、”
“お山”=頭の骨の結晶化でしか無いって事でんねん。
これも霊的進化に関わる事やけど、誰かが観たって解らへん。
低い霊能力者がオーラを観測したって判らへん。
霊能力者が観測するオーラは、
自分が持っている認識、あるいは霊能に“力”を化している憑き物の認識以上のものは、
観測出来ん。
この事は先生が霊眼をもってたときに獲得した認識でもある。
そやからこそ先生は、
自分の持っている認識以上の事はほんの少し“上”のことしか解らないって、
前のブログで何回も言うたけど、
その事そのものが振動の変圧の過程が有るって事で、
そやから霊的に近い存在同士が互いに何かを分かり合い、
近いもの同士で理解を深め、
そうやって霊的進化して行く過程があるからこそ、
今後地球で起きるアセンションでは、
霊的成長度に於いて分ける事が必要になってくるって事でんねん。

ほんでから次の言葉は、“石”と(左右の)木部、
神格化の仕組み、肉体の仕組みを理解して欲しいって事でもあるな。

“これまで見せてもまだ分らんか、
何もかも神がさしてあるのぞ。”

この“何もかも神がさしてあるのぞ。”は、
“上”からの“思惑の顕現”=現象化が、
生物の進化になり、生物の進化には心(靈)の成長の過程が有り、
人としての霊的成長の仕組みは今回言うた事でもあり、
それに気が付いて欲しい。
そやから下等な生物から人間にまで進化した過程は、
すべて神の“思惑の顕現”=現象化でもある。
そやからこそ“何もかも神がさしてあるのぞ。”・・・でもあるな。

ほんでから次の言葉は、
“心配いらんから慾出さずに、素直に御用きいて下されよ、
今度のお山開き まことに結構であるぞ、”

この文の前半は、すべて“上”に任せておけって言う意味で、
自分の霊的成長度に応じて自分が観察する事象は決まっていく。
そやから今Kellyさんが言うてる事はアセンションの事を言うてるんやけど、
自分だけ自分だけ自分だけって言う人ほど、
“心配いらんから慾出さずに、”の反対の人は、
次の世界には移行出来へん事を言うてる。
ほんでからこの文の後半は、
生物としての人間の次の進化過程が“今度のお山開き”って事で、
段々、
“一”=智性=1番目のオーラが大きくなる事でもあり、
智性を持った人が、次の地球上での“創造”を担うって事でもある。

ほんでからその時の事を表現した言い方が次の文で、

“神が烈しくなると、神の話より出来んことになるぞ、
神の話 結構ぞ。”

“上”と“下”の関係を今の地球人は言葉でしか知らん。
そやから宗教は形骸になってるし、神さんに甘い夢を持ってる人も多いけど、
この文の中の“神の話”は、
人が神さんに近付いていく話で、それは霊的成長でしかなく、
人(日止、霊止)の神格化でしかなく、
人(日止、霊止)が目指す何かって言うのはそれでしかなく、
そしてそれが(生物の)進化の本当の意味って事でんねん。

今回はこれくらいにしときまんねん。

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
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