FC2ブログ

“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“ローム太霊講話集” 第三十二話 滝の精と滝の行者 Kellyさん的解釈“その三”



 今回は先回取り上げた文言の“自分の所に来て修行をする人間を親切に指導してくれる…以下略…”に続く以下の文言を解釈する。

そこで一人(ひとり)の行者が、ある滝で二十一日の行をしようと思い立ち、…中略…昼の間は滝にかかったりお経を読んだり精神統一をしたりして過ごすのであるが、滝の禊(みそぎ)は早暁の暗いうちが一番良いとされ、夜は間が付くと言われて為(し)ない…中略…三日位までは変ったこともないが、五日目頃になると当人も次第に疲れてきて一日の行を終って横になると、その小屋が振動したり奇妙な声が聞こえたりし始め…中略…何くそと勇気を出して行に励むが、夜になると又同じことが繰り返され…中略…へたな行者は浮足立って、逃げだす者さえ出て…中略…更に日がたつにつれて、自分の寝ている小屋が燃え出すので驚いて外に飛び出すと何事もないというような怪異が続き、山の天狗か魔の仕業(しわざ)であろうと盛んに九字を切ったりしてどうにか切り抜ける…中略…愈終りに近付きあと五日という頃になると、今度は人間の弱点である本能を利用して攻め立てて…中略…空き腹に堪えることは初めの五日の行で出来ているし、眠気を押さえることも何とかなるので残る一つは性欲である…中略…これに対して滝の精は毎夜その者の理想とする女の姿となり、媚態の限りを尽して…中略…大概の者はそこで参ってしまう…中略…仮にそれに打ち勝ったとすると、愈最後の日が来て一番むずかしい試練が行なわれる…中略…それは行者の前に神が現われて、お前は二十一日の行をよくやった、よって術の巻物を授ける、お前はこれが欲しいのであろうから有難く頂戴致せ、というようなことを言って巻物を渡してくれるが、それを迂闊(うかつ)に受取ってはならない…中略…先ずそれが本物の神であるか妖精の変化(へんげ)であるかを見定めることが必要…中略…その目の色を見ればよい。神の目は人間と同じであるが、妖精の目はよく見ると金色をしていて、きっと睨(にら)んで見詰めると必ず目を逸(そ)らす…中略…しかしそういう時でも、その巻物を断わってはいけないのであって、誠に有難うございます、その巻物は私が持っていて汚(よご)したり失ったりして粗末にするといけませんから、どうか私の腹の中にしっかりと入れて下さいそうして頂いてまいります、というふうに挨拶すればそれが本当に自分の術となる…中略…このように、滝の精は守り神の力を受けてそこで修行する人間を助けてくれるものであるが、それにしても百人のうち九十九人までは落第する…中略…はっきり言っておくから、そういうことは余りしない方がよい…中略…人間は誰しも、至宝を得るためには一身を犠牲にすると初めは立派な口をきいていても、いざその場になって困難にぶつかると挫けてしまうものであるが、兎に角それを切り抜けることが出来れば、一人前の術者になれる…以下略…

 今回取り上げている文言中には
滝の精は守り神の力を受けてそこで修行する人間を助けてくれる
と、“滝の精”の所作が述べられている。

 その“守り神の力を受けて”いる“滝の精”は“そこで修行する人間を助けてくれる”、
このために
小屋が振動したり奇妙な声が聞こえたり
寝ている小屋が燃え出すので驚いて外に飛び出すと何事もないというような怪異が続き
人間の弱点である本能を利用して攻め立てて…中略…空き腹に堪えることは初めの五日の行で出来ているし、眠気を押さえることも何とかなるので残る一つは性欲
と、その“行者”の“修行”に対する決意を試すような事象を体験させるし、これ自体がまた“修行”の一環でもある。

 しかしながらその“修行”は、決意を強化する、恐怖に打ち勝つ、これはアドレナリンを出させることにつながり、そして“本能”の欲求に堪える、というその内容を考えてもそれは、腹の行であり、ヨガでいえば、ムラダーラチャクラ、スワディスターナチャクラ、マニピューラチャクラ、の行である。

 ○○○大先生は、
総括編 “ほんとう”の進化論 で、1番目、2番目、3番目のオーラの行、その段階を述べたが、滝行は三番目のオーラの強化が中心である。
 人間の心(靈)が育つ過程で、人生においてまず砌(みぎり)の極性が強くなり、その後、日足の極性が芽生え、それが強化されてから発現する心(靈)の動きの“慈悲”と“慈愛”、そしてさらに進化して智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)の獲得となるが、滝行では“慈悲”と“慈愛”、智性(神性)の獲得にはつながりにくい、あるいはまったくつながらない、この要素としてはその“行者”の霊的成長度、その如何、またその“行者”が人生においてどんな心(靈)の育ち方をしているかにもよることである。

 それでさらに
愈最後の日が来て一番むずかしい試練が行なわれる
と太霊が説明されておられるが、これはその“行者”が“自分の術”を獲得するために
滝で二十一日の行をしようと思い立ち”、
それゆえのことであり、その思惑が高いか低いか、とにかく“二十一日の行”を終えたなら
行者の前に神が現われて
お前は二十一日の行をよくやった、よって術の巻物を授ける
というようなことを言って巻物を渡してくれる
と述べられている。
 ただしそれは
本物の神であるか妖精の変化(へんげ)であるか

見定めることが必要
これはどちらにしてもその“行者”より“上”の存在である。

 またそれが“本物の神であるか妖精の変化(へんげ)であるか
このどちらにしても=“しかしそういう時でも
その“巻物”を“迂闊(うかつ)に受取ってはならない”と太霊は述べていらっしゃる。

 これはその“巻物”が、人間の思う物としてのそれではないということ。 “巻物”を物として受け取ってはならないということ。
 そもそも巻物というのは軸を中心に紙などで文章や絵などが描かれたものであるが、これが何を象徴しているのか。
 “巻物”の軸に当たるのは“行者”が腹の行、“修行”して得た肉体の磁性であり、その磁性由来のローレンツ力で“行者”より“上”の存在と感応し“”(“力”の顕現)を顕現する為の憑依、感応をする、その資質、その許可、のための肉体の磁性である。
 よってこれは“上”といっても、“”(“力”の顕現)に関する“上”であって、先に述べたように、高い心(靈)の資質である“慈悲”と“慈愛”や智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)を得るための感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)ではない。
 その感応や憑依、取り込む振動、それが先の“紙などで文章や絵などが描かれたもの”、振動そのものが思惑であり情報であり、またそれは荷電粒子でもあるが、荷電粒子を引き込み回転させるのが磁束である。
 それを獲得するためにこの“行者”は“滝で二十一日の行”をしようと思い立ったのであり、これ自体が“”のための“力”の獲得である。

 またこれに関してだが、今回取り上げている太霊の文言中には、
術の巻物を授ける
本当に自分の術となる
兎に角それを切り抜けることが出来れば、一人前の術者になれる
という上記文言があるが、高い心(靈)の資質を得るような表記は見当たらないものであり、重複するが滝行においてはやはり三番目のオーラの強化中心の“行”でしかないものである。

 それで“巻物”を“迂闊(うかつ)に受取ってはならない”に関してであるが、これはその“行者”が“”をこれから行使する際、“上”が感応して憑依する、それ故に“行者”の肉体、
私の腹の中にしっかりと入れて下さいそうして頂いてまいります
と“行者”が“挨拶すれば
肉体の磁性由来の感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)が可能になり、“それが本当に自分の術となる”、ということになり得る、ということであるし、その“挨拶”は、これから“”を行使する際に力を貸してください、感応して憑依してください、に当たることである。
 そして“”(“力”の顕現)のための感応や憑依は、その“行者”の思惑、それは腹の心(靈)の思惑、功名心や自尊心由来の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)であり、あまり崇高な思いではないといいうるし、それによる感応や憑依は“滝の精”の眷属の動物霊や自然霊が中心であろう。

 しかしながらその“行者”自身がこれから進化(霊的成長、神格化に向かうこと)していくにあたって、まず、腹の行が必須、自分の力を示したい、というところから始まるのであり、“行者”が“”を行使して、様々な体験をして“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)の行使の仕方を考える、それは必ずそうなっていくものであり、その際に通信を送るのが“滝の精”の眷属より“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)である“滝の精”あるいは“滝全体の守り神”ということになっていくものである。
 こういうこと事態が“自分の所に来て修行をする人間を親切に指導してくれる”に当たることであり、その意味合いとしては、太霊が第二十一話の“天狗道”の説明において述べておられる以下の文言、
彼らは術によってその道の法(のり)を得、天仙の域に近付こうと努力している
その“行者”もいつか必ずその“道の法(のり)を得”という段階に入るもので、その際には“行者”の心(靈)が育つために、“滝の精”あるいは“滝全体の守り神”、あるいはもっと“上”との感応が起きて、さらなる課題、いわば“神の采配”としての試練が与えられていくものである。

 その段階に至るなら、その“巻物”の軸、肉体の磁性はもっと強化され、心(靈)も育っていく過程において、腹より上の肉体の磁性も高まり、より高い振動を取り込んでいくということになり得るし、結果それはその“行者”の、“”を求める心(靈)よりもっと“上”の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)につながっていくことになり得るものである。

 今回はこれくらいにしときまんねん。

Top

HOME

tuyukusanotuyu




 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
FC2ブログへようこそ!


Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
(クリックで拡大)

2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
(クリックで拡大)


発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
(クリックで拡大) 

お近くの書店にない場合は
たま出版のサイトでお買い求めください。

発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
(クリックで拡大)

お近くの書店に無いときは
たま出版のサイトでお買い求めください。

この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




初めての方は、
・・・その後の事と・・・これからの事。
からお読みください。

それぞれのカテゴリーをクリックすると
古い順に、記事が閲覧できます。

        

☆ Kellyさん的事象の観察と認識 (107)
Kellyさんがこのブログに霊縁あった人(日止、霊止)に伝えたい事 (24)
Kellyさんと○○○大先生との会話 (7)
Kellyさんとチョ~極上ラブラブ中高年夫婦はんとの会話 (6)
Kellyさんとチョ~ベッピンはんのA野はんとの会話 (7)
Kellyさんと∪・ω・∪ ▼・。・▼ ▼・。・▽ U・。・U U。・ェ・。U たちとの会話 (34)
Kellyさんとメタボ研修医のYっちゃん先生との会話 (2)
Kellyさんとややメタボ内科医のYっちゃん先生との会話 (7)
Kellyさんと和風のベッピンはんのSはんとの会話 (2)
Kellyさんと農業好きの社長婦人K地M美はんとの会話 (12)
KellyさんとNominyan ∥*σ_σ*∥&Senyapoo λ*゜ο゜*λ との会話 (6)
☆ Kellyさん的“日月神示”解釈 (603)
Kellyさんが、“日月神示”の解釈をして行くに当たって・・・考えた事。 (46)
“日月神示” 上つ巻 (42)
“日月神示” 下つ巻 (38)
“日月神示” 富士の巻 (26)
“日月神示” 天つ巻 (30)
“日月神示” 地つ巻 (36)
“日月神示” 日月の巻 (68)
“日月神示” 日の出の巻 (23)
“日月神示” 磐戸の巻 (21)
“日月神示” キの巻 (17)
“日月神示” 水の巻 (36)
“日月神示” 松の巻 (30)
“日月神示” 夜明けの巻 (26)
“日月神示” 雨の巻 (18)
“日月神示” 風の巻 (15)
“日月神示” 岩の巻 (11)
“日月神示” 荒の巻 (27)
“日月神示” 地震の巻 (93)
☆ Kellyさん的“ローム太霊講話集”解釈 (174)
☆ 紫光会経文の文言 Kellyさん的解釈 (18)
☆ ○○○大先生的バシャールの文言解釈 (9)
☆ 先生が撮るけったいな花の写真 (22)
☆ 先生が撮る比較的まともな写真 (32)
☆先生が室内で写真を撮るときのセッティング (6)
その他 お知らせ (3)



fxwill.com


2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




飢餓救済のホームページ

JWord クリック募金

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード