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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“ローム太霊講話集” 第三十二話 滝の精と滝の行者 Kellyさん的解釈 三十二話の総括

 
 第三十二話の初めで太霊は、ここまで説明されてきた“妖精”とは違うものをこれから述べるとおっしゃっておられる。
今日から妖精の中でも段々大型のものに移って…中略…これまでは主に植物や鉱物のことを取り上げてきた…中略…方面を変えて、水やそれに関連した滝、湖水、海、また上にのぼって空や宇宙についての話に…中略…それらのもの自体の気も一応この妖精に関係のあることをよく頭に入れて

 この“それらのもの自体の気も一応この妖精に関係のあること”、この文言に関して、まず大概の人間は“妖精”と聞くと小さなものしか連想しない傾向があるだろうが、そうではなく
水やそれに関連した滝、湖水、海、また上にのぼって空や宇宙”、
この“それらのもの自体の気”、
これに関してはすでに第二十七話で
妖精は単に精とも呼ばれて、細菌のような下等動物から植物、鉱物更に雲、風などの自然現象に至る迄、森羅万象に存在するもので、言わばその念の固(かた)まりが物質化したようなものである
という説明がなされている。

 また同様に、第二十九話でも以下のように述べられている。
妖精についての話は無数にあって、その形状も大悪魔とも言われる大きなものから目に見えない程の細菌に至るまで多種多様

 それで第二十七話の表記、
森羅万象(あらゆる現象、宇宙に存在する一切のもの)に存在するもの
というのは、個の心(靈)が“観察と認識”するその対象であり、あえて述べるまでなく観察対象はすべての事象である。 
 そこで、大概の人間は、“森羅万象”を、外側(外国と幽界)の事象としか思わない傾向があるだろうが、内面とか内側(心の中と感じている事)にも“それらのもの自体の気”は存在するはずである。

 少々蛇足になるが、○○○大先生は内面とか内側(心の中と感じている事)、その心(靈)の動きに関する振動の吸収ということを著書の<1>で述べている。

自分が求めているものが、高い振動なのか低い振動なのかよく判断することが大事。何を吸収するか選ぶ事になっていくからね。自分の心を構成していくものの中に、自分を、低い者にしようとする存在と、共振するところがあることを、承知してから、自分の心の動きを観察していかなければならない。それはアミの本から引用した、 “愛の果実”の反対を考えれば判りやすいと思う。
感謝、の反対、恩知らず、人の好意にこたえないとか……真実の反対、不実、不誠実、嘘をつくこと、人を欺く……自分を含めて……自由の反対、強制、暴力、人の尊厳を思わない……公正の反対、だます、正当な報酬以外のものをたくさん求める……犯罪につながったりする……智慧の反対、無知、物事の意味を追究しない、怠惰に生き、目先の快楽だけを求めていく……美の反対、醜いと感じること……
“愛の果実”の反対は、あんまり考えるのイヤだけど、もっとたくさんの言葉で表現できるね。低級な欲の振動ということで説明したことは、いま少し思いついた“愛の果実”の反対を思い、行動に移すことが低い振動の吸収と発振になっていくと思う。そして、そういうことに共振する悪霊の心理を分かっていなくてはいけないし、それがまた悪霊に心を乗っ取られないための予防になる。自分の心の中に、そういう認識があること自体が悪霊に付け込まれないオーラの発振になっていくから。同時に、“愛の果実”を食べて、心に取り込んで、自分の愛で“愛の果実”を創造し、育てていくことを意識するべきだ」
「はあい」
「それと、……必ずそうではないんだが、低い振動の増幅として、例えば、怒りの増幅をするものとして、競い合うことがあげられる。一例をあげれば、フーリガンとかね…熱狂するあまり自分を見失い、悪霊に取り込まれ、人を傷つけてもそれが正しいなんて考えてしまう。スポーツやKellyの好きなレースの観戦は、肉体の向上、3番目のオーラの拡大には必要なことだが……3番目のオーラの拡大、下三つのチャクラの刺激になるんだが、振動の荒いオーラのため、悪霊に付け込まれることは多い。熱狂して興奮してアドレナリンなどを出してその上、酒飲んだり、恨みの振動を多量に含む肉食なんかしていたら、その人の神性を含む意識の通信は、その人に、届き難いを通り越して、ほとんど届かなくなっていく。でも、重ねて言うけれど、その人の肉体の成長には必要なことなんだし、だからこそその段階の人はそういうものが好きになったりする。その時にも、自分が、おかしな方向に行かないことを自覚していればいいんだよ」
「孫悟空の、“金弧”のこと、思い出しましたよ。そういう意味も含んでいるんでしょうね。 “金弧”……自分を戒める、力の使い方を思う金色のオーラは……」
(先生の般若心経の解釈参照)
「よく思い出したね。そう思うよ。アタシもね。
……怒り、恨み、妬みなどの方法で、下三つのチャクラの覚醒に関わる増幅は、良くないことだ。……当たり前だが……そういう点でも、動物を殺して食うことがいけないことを、くどいほど説明したが、理由が分かるでしょ」
「ミネラルに帯電した、電流としての情報の問題でんな。動物は、恨み、殺されたことに対する怒り、恐怖を人に対して思っているから、肉を食べることはいけないってことですよね」
「それと、死の振動の吸収を忘れてはいけない」
「それが今一つ、よう解らんのですが……」
「言葉は、事象を認識する道具だといえる。したがって、言葉で表現され得る対象は、実在だと思っている。死は実在する振動で、生の反対でもあるんだが、アタシたちの認識の中に存在するものであるともいえる」
「??……よけい解らん説明でんな??」
「認識することがどういうことなのか?視点の違いを説明しなければならないし、少し難しい話になるから、今は解らないまま、言葉どおりに覚えておいてくれるかな。

 引用終わり。

 この“言葉で表現され得る対象は、実在”これがまた“それらのもの自体の気”にあたり、この“”=振動を、個の心(靈)(霊=○、荷電粒子の場(フィールド))が受けると事象の“観察と認識”となり、“言葉で表現され得る”ということになり得る。 このことに関しては“日月神示” 地震の巻 が参考になるはずである。

 話を戻し、内面とか内側(心の中と感じている事)における“言葉で表現され得る対象”これを上記引用文からピックアップすれば、
感謝、の反対、恩知らず、人の好意にこたえないとか……真実の反対、不実、不誠実、嘘をつくこと、人を欺く……自分を含めて……自由の反対、強制、暴力、人の尊厳を思わない……公正の反対、だます、正当な報酬以外のものをたくさん求める……犯罪につながったりする……智慧の反対、無知、物事の意味を追究しない、怠惰に生き、目先の快楽だけを求めていく……美の反対、醜いと感じること……
そして
死は実在する振動で、生の反対でもある

それは例えば“感謝”“恩知らず”“真実”“不実”“不誠実”“自由”“強制”“暴力”…中略…“”…etc…を上記引用文で示しており、その言葉自体が心(靈)の動きに関した存在であり、こういったものも“”に属するものであると思えるし、これを観察対象とした個の心(靈)は、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)してその“”となるし、先の“それらのもの自体の気”と、それを“観察と認識”している個の心(靈)の息吹、その双方の“念の固(かた)まり”が、“現界”に顕現する=“物質化”、あるいは現象化、そういった“”ということも“頭に入れて”おかねば、第三十七話 想像を実現する法 これは“思惑の顕現”=現象化ということだが、このことの理解に及ばないといいうる。

 また太霊は“生命”と“自然霊”について、以下のように述べておられる。
魚類から人類に至るまで生命というものを直接植付けられ
“その一”で述べたように、“魚類”以降の進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)の動物は、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、“天津御空(あまつみそら)”=“上”からの振動=“創造”の“主(ヌシ)”の思惑を含んだ荷電粒子、これを脊椎由来のローレンツ力で取り込み回転させて霊=○、荷電粒子の場(フィールド)と成しているものであり、それだからこそ、“上”からの振動、神の思惑jを、
直接植え付けられ
そしを
生霊若しくは死霊として取り扱えばよい”、
もう一度述べれば、背骨、脊椎由来のローレンツ力で普遍的に実在する創造主のオーラ(宇宙背景放射)、そしてそれを仲介する太陽やほかの天体からの振動、いわば神の思惑、神の息吹、これを取り込んで霊=○、荷電粒子の場(フィールド)と成しているのが“生命”である。

 これに相対し“現界に生まれてくることのない自然霊”いわば肉体を持たない、それゆえ背骨、脊椎由来のローレンツ力も発現しえないのが“自然霊”であり、“妖精は固より実にさまざまな霊が別別に存在してそれぞれの動きをして”、これは先の“森羅万象”、外側(外国と幽界)の事象と内面とか内側(心の中と感じている事)の事象に“存在”し“それぞれの動き”をなしているということである。

 次に太霊が説明されているのは、心霊現象を知らない、あるいは霊的な事柄に無知で、分析ができない人間に対して、“滝の精”と“地縛になっている人間の霊”、この双方の働き、所作を説明されていらっしゃる。 これに関しては“その二”で述べており、読めば理解できる内容でありそれほど難しいこともないので“その二”を熟読して理解してもらいたい。

 次に“滝の精”の所作、“自分の所に来て修行をする人間を親切に指導してくれる”について説明されておられる。
 それはその“行者”が“”を求めるがために“修行”をして、自分より“上”の存在の力を借りる許可を得る、またその許可は肉体の磁性の強化がないと成立しない、これを“巻物”という表記であらわされ、肉体の磁性を高めるための“修行”ではあるのだが、それは腹の行の段階である。
 
 しかしそこで“二十一日の行”を終えたなら“一番むずかしい試練が行なわれる”、これは“本物の神であるか妖精の変化(へんげ)であるか”このどちらにしても=“しかしそういう時でも”その“巻物”を“迂闊(うかつ)に受取ってはならない”と太霊は述べておられ、これが何を示すのか、
それはその“行者”が“”をこれから行使する際、“上”が感応して憑依する、それ故に“行者”の肉体、
私の腹の中にしっかりと入れて下さいそうして頂いてまいります
と“行者”が“挨拶すれば”肉体の磁性由来の感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)が可能になり、“それが本当に自分の術となる”、ということになり、その“挨拶”は、これから“”を行使する際に力を貸してください、感応して憑依してください、に当たることである。 
 そして“”(“力”の顕現)のための感応や憑依は、その“行者”の思惑、それは腹の心(靈)の思惑、功名心や自尊心由来の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)であり、あまり崇高な思いではない、しかしながらその“行者”自身がこれから進化(霊的成長、神格化に向かうこと)していくにあたって、まず、腹の行が必須、自分の力を示したい、というところから始まるのであり、“行者”が“”を行使して、様々な体験をして“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)の行使の仕方を考える、それは必ずそうなっていくものであり、その際に通信を送るのが“滝の精”の眷属より“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)である“滝の精”あるいは“滝全体の守り神”、あるいはもっと“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の存在ということになっていくものである。

 こういうこと事態が“自分の所に来て修行をする人間を親切に指導してくれる”に当たることである。

 また“その三”で取り上げた文言を要約すると、以下のようにもなる。

一人(ひとり)の行者が、ある滝で二十一日の行をしようと思い立ち
これは“自分の術”を欲するためであり、“”を得るための“修行”であり、“世為人為”(S会=紫光会の経文、四空経録の中の言葉)とかには程遠く、先にも述べたが所詮それは自分の欲望、低い功名心と自尊心、こういった心(靈)の動きそのものが腹の行でもあるし、そのための贖い(あがない)が、この“修行”であることが多いだろうから、
そういうことは余りしない方がよい
と述べられ、いかにも自我の肥大した人間が言いそうな
至宝を得るためには一身を犠牲にすると初めは立派な口をきいていても
こういうことを口にすること事態が示威行為(自らの意気込み、活動の勢いなどを示すこと)だけのことが多く、よって
いざその場になって困難にぶつかると挫けてしまうものである
と称されてはいる。

 しかしながら、自分の思惑が高かろうが低かろうが、“修行”をするならば、肉体の磁性、“巻物”の軸に相当するそれは強化され、自分の霊的成長度由来の思惑に応じた感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)が許可されうるし、結果それは“自分の術”とはなっていくから、
兎に角それを切り抜けることが出来れば、一人前の術者になれると思ってよい
と、目先の“困難”に対する姿勢を述べておられる。

 これは“滝行”をする“行者”に限ったことではなく、すべての人間が知って、認識(悟り、幸取=さとり)としなければならないことであり、それゆえS会=紫光会の交霊会では、“神は乗り越えられない試練は与えない”ということを幾度もなく会員に言われたものであるし、第三十二話は、上記のような多様な意味合いのことが述べられているが、いま述べた“困難”に対する自分の姿勢、これが重要な要旨であることを述べ、第三十二話の総括とする。

 次回のこのカテゴリーでは 第三十三話 滝壺の精とその洞窟 これに入ることを告知して、今回はこれくらいにしときまんねん。


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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
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