“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“ローム太霊講話集”第二十三話 術と呪文と真言 Kellyさん的解釈 二十三話の総括



 第二十三話の最後のあたりで太霊は

この背後の霊を知るということは、どの宗教でも教えていない最も便利な方法である…中略…汝等は仙道や天狗道やその他の道に入いらなくてもよいが、その教えの中で感付いたことをよく覚えておき、その道に伝えられる術に近付くべく身を以て努力するなら、必ずそれらを備えた立派な体となれる…中略…これは自分の損得の問題ではなく、それによって他の人々に施すことが、自分の格を向上させると共に、盤石の根を大地に張ることになる

こう括っておられる。

 この辺りをさらっと読み飛ばすと“この背後の霊を知るということは”の後に“形代(かたしろ)”のことが述べられているので、そのことしか印象に残らないかも知れないが、この“背後の霊を知るということ”に関して太霊は

術は中々むずかしい…中略…名人と呼ばれている人は…中略…二百年三百年の修行をした人の霊が或いはその道に達者な奇鬼神天霊神などが、その人の支配霊となって働いている

一人の鍛錬した波動の持ち主が何かの繋がりで付いた…中略…その人間は必ず名人になれる…中略…仕事の上でその術を磨こうとするなら、その道に堪能と言われる大本の神を拝んで、その配下を支配靈として付けてもらうのが一番よい方法

と“背後の霊”について述べておられ

いろいろな道の指導霊によって授けられる術は、鍛錬に鍛錬を重ねて初めて現れる

術は魔法や僥倖によって天降り式に授かると思ったら大間違い…中略…自分が人間として今日までに鍛錬し修行したその波動の中から生まれる…中略…長年納めた年貢米によって初めて神の免許(ゆるし)が得られる…中略…これでこそ真の人間を完成…以下略…

この文言の
鍛錬に鍛錬を重ね
長年納めた年貢米によって初めて神の免許(ゆるし)が得られる

ということをよく覚え、自分の認識(悟り、幸取=さとり)として、さらにそれが
真の人間を完成
となっていくので、そのための“”の行使であれ、というのが太霊のおっしゃりたいことであるし、これに続く

真の人間を完成することが出来るのである。ここが最も大切な所であるから、よく噛み締めて聞いてもらいたい。真の人間とは、神がある必要からこの世に生まれさしたもので、それを悟ってこそ神に仕えることが出来る

この“神がある必要からこの世に生まれさした”これを“悟ってこそ”この言い回しに何を思うべきか、それは第二十二話で述べておられる

術者はその術を以て人間のために尽せばよい”(“世為人為”(S会=紫光会の経文、四空経録の中の言葉))

であり、それは何のためなのかについては同じく第二十二話

天狗道は術を表わす代名詞…中略…真の目的はやはり済世救民…中略…曲(まが)りくねった道を通り真直ぐに歩く者が少いから、苦によって得た術の力で、この迷っている人間を助けようと…以下略…

であるし、それは第二十一話

彼らは術によってその道の法(のり)を得、天仙の域に近付こうと努力しているのである

この“天仙の域”とは第十八話の“衆生済度とか真理の探究”、これはとても高い“世為人為” であるが、これらのことを合わせて考えるべきであるし、自分たちの生き方の指標として、第二十話

天仙…中略…現実に行なっていられることは殆んど神の意志と同じと考えてよい…中略…、人間の為すべき善行のたとい小さいことでも日々に積み重ねて真の力を貯えてゆくなれば、何千年かの後にはこの天仙の力の一端を握ることが出来る

この“為すべき善行のたとい小さいことでも日々に積み重ねて真の力を貯えて”の“真の力”ということをよく認識(悟り、幸取=さとり)とせねばならない。

 そして“”を行使する際の霊的干渉、感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)、それは“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応でなければならないことは述べてきたが、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)と感応すると…という言い回しでとても解りやすいのが

その反面には道に外(はず)れた術のある…中略…年功を積んだ動物霊などに可愛がられて急に力が付き有頂天になる人間がよくある…中略…非常に危険なことで、さんざ弄(もてあそ)ばれた揚句に捨てられ悲惨な結果になる場合が多い

これは第三話

一部の奇鬼神や低級な霊達が自分の本能を満足させるために人間に物を与えてその欲望を利用するのである…中略…よくその背後を見極め…以下略…

この“その背後を見極め”、自分の心(靈)の動き、その息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)によって起きる感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)が“上”との感応か“下”との感応か、これについてよく考え、自分の低い心(靈)が“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)と感応することを覚えて自分の目下(めした)(大脳旧皮質と古皮質)(動物の心(靈)の段階)の心(靈)を諌めなければならないものである。

 それで“背後の霊を知るということ”に続く

教えの中で感付いたことをよく覚えておき、その道に伝えられる術に近付くべく身を以て努力

この“術に近付くべく身を以て努力”が先の
鍛錬に鍛錬を重ね
長年納めた年貢米によって初めて神の免許(ゆるし)が得られる
術者はその術を以て人間のために尽せばよい

であり、

それらを備えた立派な体

 

これは“上”としか感応しない、ということを解釈してきた。

それに相反し“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)と感応するような心の在り方では“それらを備えた”=“上”と感応する要素、“備えた立派な体”=“上”としか感応しない肉体ではないということを読み取らなければならない。 

そして“それらを備えた立派な体”が“真の人間を完成する”に繋がり、そうなっていくならば、


自分の格を向上させると共に、盤石の根を大地に張ることになる

格を向上”これは自分が神格化へ近づいていくのだ、それはまた、第十九話

神が与えた人間本来の特権である神の命を実行するものとなってこそ真の人間

であり、

盤石の根を大地に張る

これは“神の命を実行するもの”これに相当するようになっていく、これが第二十三話の骨子であろうことを述べておく。

 次回のこのカテゴリーでは 第二十四話 海仙と岳仙 の解釈に入ることを告知して、今回はこれくらいにしときまんねん。




“ローム太霊講話集”第二十三話 術と呪文と真言 Kellyさん的解釈“その七”の補足、肉体が形代(かたしろ)であるということについて



 先回述べたように、一般の人たちの形代(かたしろ)に対する認識は低すぎる、ほとんどの場合、儀式のための道具にしかなっていない。
 また、自分たちの肉体が形代(かたしろ)そのもの、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)と“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)の霊的存在の依り代(よりしろ)となっているのだが、このことに対し認識がない。

 この“上”との感応をして自分の肉体と心(靈)を“気血栄衛(營)”(取り込んだ振動で心(靈)と体が創り変わる)していくことを先回取り上げたように太霊は

道に伝えられる術に近付くべく身を以て努力するなら、必ずそれらを備えた立派な体となれる

と述べておられ、人間が目指すものはそれであるし、それでなければいけないのだが、それに相反し、たった今の人間には低い存在、悪霊、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)との感応がとても多い、それは心(靈)の動きが目下(めした)(動物の心(靈)の段階)(大脳旧皮質と古皮質)中心で、その心(靈)そのものが“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の霊的成長度の段階で、自分さえよければよい、物欲や本能に由来する欲望の達成、程度の低い幸福感、など、こういった心(靈)の動きによる息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)で“上”と感応できるわけがないあるからであり、その結果としては先回取り上げた○○○大先生の著書の<1>からピックアップすれば、
  •  悪意を持った霊の憑依は、病気以外にもさまざまな現象を引き起こす  (これは恨みの連鎖の霊的干渉の現象化すべてを指すものであり、その現象化で死んでしまうこと事態が、人間を形代(かたしろ)としているのであり、現象化を起こしている存在そのものは自身が引き起こしたその現象を見てだんだん自省(胸の磁性“十”)するが、これは効率が悪すぎるから“上”は形代(かたしろ)で祓うことを教えたものである)
  •  心の中に食い込んできている悪霊の考え、欲望、思想、……が、入り込まれた肉体と心に影響を及ぼしていて、以前、犯罪の話で心を乗っ取られていることも説明したと思うが……気が、血(肉体)を創造し、栄え衛る(まもる、防衛の衛)……ということは、心が肉体を創造し、三次元の物質世界の創造と現象に関わる
  •  アタシたちは真の創造を、愛の創造の進化を真剣に考えないから、新しい恨みの種をばら撒いている側面が強い(これは大半の人間が“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”であるからである)
  •  悪霊の霊的干渉の現象化で、人、本来の寿命から、かなりの年数を奪われている

これらが低い霊的成長度の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)によって起きていることを知らなければならないし、これを踏まえ太霊は

道に伝えられる術に近付くべく身を以て努力するなら
=“上”と感応する努力、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)と感応しない心の在り方と息吹、そして“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化のための“行”、そして“上”からの振動、高い振動の取り込み、例えばその具体的な手段である“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行うこと、これらをしていくならば

それらを備えた立派な体となれる

“上”との感応により“気血栄衛(營)”(取り込んだ振動で心(靈)と体が創り変わる)して“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)の影響を受けない肉体と心(靈)になり、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)していく

と述べておられるものである。

 それで今、○○○大先生はその著書の読者会のメンバーで太陽凝視を行っている方に対し、○○○大先生が作成した形代(かたしろ)で祓いをしているが、太陽凝視をし始めると悪霊は縋るものであり(これに関してはローム太霊講話集でも述べられているので後々取り上げる)、何の“行”もしていない人よりも、たくさんの霊的存在が憑依するものである。

 また太陽凝視初心者は、まず腹の段階の心(靈)の強化から始まり、いきなり智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)が高まるということにはなり得ない。
 それは取り込む振動に進化に伴う順番がある、霊的成長度により感応する振動は、その霊的成長度によるということがあり、まず自我の強化ということから始まるものである。
 その段階ではいきなり高い存在とは感応しえないので、○○○大先生は自身の“一”=智性=1番目のオーラ由来の感応により、形代(かたしろ)に“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の存在を呼び込んで祓いを行っているものである。

 これらのことを読者会のメンバーによく理解してもらいたいので、今回の補足を書き込んだ次第である。

 今回はこれくらいにしときまんねん。


“ローム太霊講話集”第二十三話 術と呪文と真言 Kellyさん的解釈“その七”



 今回は先回告知したように“背後の霊を知るということは”に続いている、
その簡単な一例を挙げれば、自分の体が悪い時に、形代(かたしろ)を作ってその悪い所を指差しながら真言を唱え…以下略…
これについて述べる。

 この“形代(かたしろ)”についてWikipediaでは
「形代(かたしろ)とは、神霊が依り憑く(よりつく)依り代の一種。人間の霊を宿す場合は人形を用いるなど、神霊が依り憑き易いように形を整えた物を指す」
とされている。 これが今の既成概念、一般の認識であろう。

 私的に思うのは、この“依り憑く依り代の一種”という解説が不適切であり、この文言を読むとただ形代(かたしろ)だけあれば神霊がそこに来るかのような印象を受けるが、そんなものではなく、高い存在との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)は自分が高くなければダメであり、さらに高い存在を形代(かたしろ)に依り憑かせるには自分が高くなければダメ、これは“その三”でも述べた“変圧”(アミの本で使われた概念。高い振動の霊的存在はいきなり低い心(靈)とは、感応共振しない)という法則性があるからであり、もうひとつ、そこには真摯な姿勢、真摯な息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)が無ければ“上”は動いてくれないものであることを、このWikipediaの解説では述べられていない。
これは今の宗教関係者が“役員づら”であり、こういった連中は“行”ごっこはしても霊的成長のための“行”もせずその認識もない、人生は自身の霊的成長のためにあるという認識もないし、神と人間の関係をしっかり認識していない、よって言葉だけ使って形骸の権威を示し金儲けをしているに過ぎない(“世為人為”(S会=紫光会の経文、四空経録の中の言葉)ではない)のであり、だから、昔から伝わっている儀式だけ行えば神霊が依り憑くなどと勝手に思い込んでいるまったく程度の低い者ばかりであることを指摘しておくし、これがたった今の一般常識であるが、そこには“ほんとう”の認識などない。

 さらに形代(かたしろ)に対しての認識で足らないのは、人間の肉体そのものが形代(かたしろ)を指すものであるということ。
 これに関して○○○大先生の著書の<1>から以下に引用。

「昭和53年6月に、S会(紫光会)の主護霊会で、アタシの主護霊が、アタシに言ってくれたことなんだが……
人間は、自分の力を増すことが、自分の霊力を増すことである。
 また、人の悪を身につけて、それを祓い抜けるも、また、信仰している人であり、汝の商いと、同じである。
 医者は人を治しても、その霊を祓っていないのである。
 その霊を自分が背負って、自分が早死にする。 医者というものは、それが多いのだ。だから自分たちは、祓いを、やはりしなければ、その病人も、その疲れも治らん。
 今から心がけていけば、年取って、何重の層を背負ったら、どうにもならんのだ。
 動きが取れない。
 それで参ってしまうので、1日働いて、1日その霊を、夜、帰ってきて、祓えばよいのである。 たった、禊ぎ(身滌ぎ)(みそぎ)の祓い、一つでよいのだ。
 そういうふうに心がけていくと、絶対、大丈夫である。 今、若いから何も思わんが、それが、最も大切であるを、悟れよ。さよう、心得ていけ


 具体的にはどういう形が良いですか?(アタシが主護霊に尋ねた)

禊(身滌ぎ)の祓いを唱え、祓いたまえ清めたまえ、と、3回、言う
(主護霊が答えてくれた)

 ……以上なんだが、どういうことか? 何を言ってくれてるのか? ……わかるよね」

「先生の仕事のことですね。そして、その病気治療の裏側にある因縁霊のこと、悪霊との共振のこと、言ってますよね。前に遺伝の存在する理由について、因縁霊と恨みの連鎖のこと、教えてくれましたよね。そして先生がオーラや霊的存在見え始めた時に、治療中に離れていく霊がいることも言ってましたよね。……ということは、治療中に先生に取り憑く霊もいること、言ってますよね。それが何重にもなると、動きが取れないというのは、先生本人のことだけではなく、主護霊の立場からのことも言ってますね。そうなったら、護る……主護霊として活動し難くなる。……ということだと思ってしまったんですが、違いますか」
「うん、うん、それから?(おみゃ~さん、よう解っとりゃ~すね~)」
「???……そして、そういうことは人間の病気には霊的存在の干渉というか……影響が大きいことも言ってますよね」
「そう!! この日の主護霊の言葉は、アタシを含めて、すべての人の健全な霊的成長を、望む言葉なんだ。アタシの例をあげてなんだけどね」
「先生個人に対する言葉でも、人の進化全体に対するメッセージを含んでいるんですね」
「うん、人の進化を望んでいる存在は、一人一人に細かく教えようとしているんだろうが……さっきの主護霊の言葉のように“動きが取れない”ので、人にはうまく伝わっていない。
それに気がついたアタシのような人が伝えなければ……仕事で憑依される霊の影響を受けないで、心身共に健康で、過ごしていくこと。そして、心と体に対する、悪霊の霊的干渉のことも言っている。アタシの病気治しの仕事について話し、すべての人の健全な進化を望む、高い存在からのメッセージをも含んでいる。
だから、悪霊の霊的干渉の一例としての病気の見方を理解するため、普通、病気の原因は大別して、器質的疾患、機能性(官能的)疾患、に分けられる。機能性(官能的)疾患、っていうのは、器質的、病理学的変化を伴わない症状って言えば解りやすいかな。神経系の興奮や機能異常、不定愁訴、自律神経失調なんかは代表的なものだ。アタシ的解釈は、神経内の電気的変化が肉体の諸機官に、影響を及ぼして、それを知覚神経が脳に伝えて感じていることを言っているだけだと思う。だから、オーラは電気や電波の性質を持っていること前に説明したが、神経系、生体内電流に、影響を受けやすいこと理解してるよね。
器質的疾患とは、病理学的変化を伴うものをいう。病理学(びょうりがく) とは、病気の原因、発生機序の解明や病気の診断を確定するのを目的としていて、細胞、組織、器官、臓器の標本を肉眼や顕微鏡などを用いて検査し、それらが病気に侵されたときに、どういった変化をするか、調べるわけだ。病理学的変化には、炎症、癌などの腫瘍。退行性病変、これには組織の萎縮、変性、壊死がある。進行性病変は、細胞や組織の増殖性変化、肥大と過形成、再生と化成、創傷治癒の時の肉芽組織とかだね。先天異常は、常染色体、性染色体の異常、遺伝。老化は、細胞の老化、臓器の老化。代謝異常は、蛋白質およびアミノ酸代謝異常、糖代謝異常、脂質代謝異常、尿酸代謝異常、等。循環障害、体液(血液、リンパ液、脳脊髄液など)の循環とその循環障害の原因およびその結果としての組織・臓器の変化。いろいろあるんだが、これらの医学的な見方、いわゆる、視点、観点に、共通したものを見出すことはできないかい?」
「私自身が思うことでも……半信半疑だから、……霊的干渉なんてことは、そういうふうには、病気や死を見ていませんよね。以前の先生の話を思い出すと……霊的干渉のほうが、病気と死の本質的な原因だと思えてきますよね。前に言うてはった、恨みの連鎖の現象化ですよね。なぜ医学はそういう見方ができないんでしょうか……」
「難しい問題提起だね。個人個人の認識の問題……というのは、霊的進化の程度=1番目のオーラの大きさが、視点、観点、物事に対する価値観を決めているからなんだけど……こういうことが理解できない人は、理解できるようになるまで待つしかないんだよ。今まで、よくこういう言い方したが……物質しか認識のない人は、物質しか判らない。だから、病気の原因は、肉体にしかない! ……と思ってしまう。……まあ、こんなこと、今の時代ではおおっぴらに通用することではない。狂人扱いされてしまうよ。
特に医者の世界では、こんなこと、霊的なこと、口にするだけで仲間はずれにされてしまう。
しかし、アタシは、28歳から33歳まで、太陽凝視を教えてくれたKさんと、葬儀の仕事をしていたことがあって、その時は、医師、看護婦、……今は看護師さんと言わなきゃいけないね。……と話す機会が多かった……死人が出た時に連絡もらうために……営業に行っていたわけだ。その時に具体的なことは言えないが、病院の中での心霊現象の話を聞くことは、意外に多かった。これは、現在、90パーセント以上の人が病院で死を迎えるから仕方がないことだ。アタシが霊的存在が見えていたときも、すごい数の霊が病院にいることが確認できた。したがって病院内では、心霊現象に悩んでいる人もいたし……実際にそういう現象に遭遇しても、なんとも思わない人もいた。その人にとって、認識にないことは、ありえない……目の前で霊に遭遇しても、そんなものはないっていうんだから、アタシ的には、そういうふうに思うこと自体が信じられなかったよ。だから人の認識の問題は、その人の自由だから、理解できるようになることを祈るしかない」
「それは先生の言葉で言うと、事象に対する認識の視野が狭い……ということでんな」
「うん、そうだね……霊的進化の程度によるわけだ。
それで、人の構成、成り立ちは、物質的肉体だけではないことは、理解してるよね」
「はい、確信はないんですが……心と、神性を含む意識のほうが、本質だって思えるようになってきましたよ。先生の話を……最初から納得して聞いているわけではないんですけどね。いつか心が肉体とこの世界の創造をしていて、それはオーラの発振と相互干渉でできているって言うてはりましたよね」
「うん、そして心が時間の進行とともに変化していくのは理解できるよね? それは前に話したけど、神性を含む意識が心を創り上げているともいえる。 時間とさまざまな自分以外のオーラの相互干渉による振動を、吸収しながら……その際に、恨み、怒り、妬み、などの、他者を傷つける要素を持つ、低い振動を、心を創造する材料にしたら、恨みに凝り固まった心になる。そして、低い振動は内臓に溜め込まれ、増幅され、発振される。オーラとして……前にこのことは話したね
(いわゆる悪について、因縁の解消について、参照)。
 そして、その心が肉体を創造していくのだから…… “医者は人を治しても、その霊を祓っていないのである。その霊を自分が背負って、自分が早死にする。医者というものは、それが多いのだ。だから、自分たちは祓いを、やはりしなければ、その病人も、その疲れも治らん。今から心がけていけば、年取って、何重の層を背負ったら、どうにもならんのだ。動きが取れない。それで参ってしまうので、” ……ということになる。
愛の創造の進化の方向に、向かわないわけだ。

前に話したとおり、悪意を持った霊の憑依は、病気以外にもさまざまな現象を引き起こすんだが、因縁霊のことは前に話したから……動物霊の恨みの念のこと、イヤかもしれないけど……ほんの少し、考えてくれるかな?
家畜は、殺された時、恐怖と、痛みと、人間に対する恨みを持つ。そのまま、人間に対する恨みに執着しながら、この世をさまよう動物霊となるんだが、機会があれば、人間に復讐したい気持ちでいっぱいになることは予想されるよね。動物霊の認識が拡大していって、動物霊自身が、分かることだが……傷つけられたから傷つけたい。家畜のように扱われたから、人を家畜のように扱い仕返ししたい。一部の権力者の振る舞いやSMなんか、そんな感じだね。極端な例として聞こえるかもしれないが、残酷な目に遭わせたい。子どもを殺されたから、子どもを殺したい。死体を晒されたから、同じようにさらし者にしたい。バラバラにされたから、バラバラにしたい。……こんな事件あったよね。アタシ的には、スーパーに買い物に行って、肉売り場の前を通る度にこういうこと感じるよ。恐怖を味わったから怖い目に遭わせたい。肉骨粉を飼料として与えられ、共食いさせられたから、人が人を食い物のように扱うことを望む。
同じ目に遭わせたいわけだ。
だから、動物霊だって愛の創造の進化に向かう権利はある。いずれ、神性を含む意識の入れ物になるのだから……その権利を人間が奪っている。
……楽しくない話で悪いけど、Kellyにもよくわかることでしょ?」
「……気持ち悪ぅぅぅぅぅぅ~~~……でも、動物霊の心理に気がついてないことのほうが、もっと気持ち悪いでんな……」
「そういうことを知らないで、恨みの念、殺された時思った恐怖、痛み、……そういう思いと、死の振動を含む肉を食うことは無知としか言いようがないね」
「知らねばならないことでんな……」
「以前、Kellyは悪霊の心理について少し考えたことあったよね。死んでからも、悪霊は、認識を拡大させていくことだけど……成長の段階として、愛に目覚めていく前に、恨みを晴らしたいと思うのは、当然のことだって思えない? そういう家畜の恨みの念とそれ以外の悪霊との共振が事件を引き起こしていることは、解りやすい例だけれど……他にも、発情期の動物が雄同士争うのなんかは格闘技みたいだけれど、人の格闘技だって、そういう動物霊の共振の一例だと思うよ。争うことは、自我の確立の過程だからね。進化した世界では他者と争うことはない。敵がいないからね。
戦うべきものは、自分の心の中にしかないんだよ。
そういうことを理解しているからだけれどね。
話がそれたね。今日は動物霊の話を例にあげているんだが……動物霊の未熟なものは、さまざまなことで人間に復讐したがっているわけだ。そういう連中を生み出したのは、他ならぬアタシたちであることは分かるね。自分たちは命を奪われ、食い物にされ、それが当然かのように扱われているわけだから、認識が拡大して言った動物霊は恨みの念が増大していく。何とか人間を駄目にしたい……同じ目に遭わせたい。認識の拡大とともに、さまざまな知識も手に入れ、人を落とし入れることばかり考え、そういうオーラの発振の霊となっていく。そういう霊の数は想像を絶するね。そしてそれらの霊の上に立つ、悪霊の神みたいな存在もいると思う。悪魔と言ってもいいかな? ……で、そういう霊的干渉を受けながら、アタシたちの心は育っている。だから悪い影響は排除しなければならない」
「やはり主護霊が言ったみたいに、祓いをしなければならないんですね」
「それも大事なんだが……数年たってから、健全な霊的成長と、自分自身の完成のために、今日見せた主護霊の言葉の続きのようなことを言われたので、これも非常に大切なことなので、この次に見せて、説明する。
……今日、Kellyに知ってほしいのは、気血栄衛(營)ということ。
東洋医学の古典、思想は、仙道の思想なんだけど、気血栄衛(營)という言葉がある。前回話した究極微粒子の低振動化で、肉体や三次元の物質世界が創造されていることを言ったけど、心が肉体を創造しているってことも前に話したが、そういうことを考えると、心の中に食い込んできている悪霊の考え、欲望、思想、……が、入り込まれた肉体と心に影響を及ぼしていて、以前、犯罪の話で心を乗っ取られていることも説明したと思うが……気が、血(肉体)を創造し、栄え衛る(まもる、防衛の衛)……ということは、心が肉体を創造し、三次元の物質世界の創造と現象に関わる。アタシの私見だけれどもね。さっき、機能性(官能的)疾患の話をしたが、悪霊の想念思想を受け、心を創っていくと、肉体そのものが変容していくことを、気血栄衛(營)から理解することができる。病気も、その一例。悪い影響を主に受けて生きているっていえる。機能性(官能的)疾患から、悪霊の念の、物質的現象化で、病理学的変化、器質的疾患に移行していく。
 悪霊たちの思いは供養とか、悪霊自身の認識の変化がなければ、何十年、何百年、何千年、何万年も恨みは消えないどころか、増幅されていく。
アタシたちは真の創造を、愛の創造の進化を真剣に考えないから、新しい恨みの種をばら撒いている側面が強い。したがって、真の創造=霊的成長を目的とする人は良い影響のみを選択したいところだが、そういう世界ではないわけだ。地球上は恨みの連鎖でいっぱいだからね。……そして、多分、人はもっと長く生きられる……と思う…中略…なぜ、今の地球人の寿命は数十年なのか? たくさんの因縁霊、さらに因縁霊などの、悪の想念に共振する動物霊等、そのほかにもKellyに説明していない霊的現象が、人の寿命を短くしているといえるし……前にKellyが、幸福の意味を調べた時に気がついたと思うが、悪霊の霊的干渉の現象化で、人、本来の寿命から、かなりの年数を奪われているように思う。
そして、生きている間が短いから人生のことを考える時間が少なくなり、真に価値のある生き方を見失って大したことができないで、物質世界、三次元を卒業させられる。それが幸福でKellyが調べた、“夭折”の意味するところだと思う。未熟なまま死を迎えることは、ある意味、真の、不幸ということだよ。(個人々々の振動の違い参照)人を劣った存在にしたい者の念を受けて、悪霊の霊的干渉の現象化、病気、不幸な死、災害、殺人、戦争、etc……人の心の中の問題、恨む、妬む、羨望、怒り、etc……これらの感情は、悪霊の念の増幅につながる。本当に価値のあるもの、真の進化の方向を見失っていると思う。……これも、アタシの私見だけどね」



上記文中の“人の悪を身につけて、それを祓い抜けるも、また、信仰している人であり、汝の商いと、同じである。 医者は人を治しても、その霊を祓っていないのである。その霊を自分が背負って、自分が早死にする。 医者というものは、それが多いのだ
これは肉体が“形代(かたしろ)”であることに由来する。 肉体は大きなコンデンサーの構造を持ち、それゆえ、電気容量を持つ霊=○、荷電粒子の場(フィールド)は、肉体に憑くものであり、その数は何千体に及ぶことを○○○大先生は著書で述べた。
 その憑く存在は、その人の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)が“悪(心の動きの本能化と低振動化)”ならば悪霊、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)と感応して憑依されるものであるし、息吹が“善(神格化の方向性と智性の受信)”ならば、自分を育てようとする“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の存在の憑依や影響を受けるものである。
 それと、霊的存在のいない場所などないので、人が移動するとかどこかへ行くとしたならば、必ずそこにいる霊的存在の影響を受けるものであるし、先に述べたように息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)によって感応すればその人に憑くものであるし、それ以外にも塵芥(ちりあくた)のようにとりついてくる浮遊霊などの程度の低い存在も多々ある。

 この悪霊、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)の存在の憑依や肉体への入り込みは、上記文中にもあるように、いろいろな現象となる。
 それで太霊は、
形代(かたしろ)を…中略…悪い所を指差しながら真言を唱え…中略…その病気が癒える
と述べておられるが、“形代(かたしろ)”は自分の肉体を模したものであり“悪い所を指差しながら真言を”というのは、“上”との感応を意図したものであり、そこにいる悪霊は“上”の影響を受けて自省(胸の磁性“十”)する。 悪霊は自省(胸の磁性“十”)したなら悪霊ではなくなるが、そのために“その五”で意義を解釈した“真言”を唱える方法がある、ということであり、先の文中の
1日働いて、1日その霊を、夜、帰ってきて、祓えばよいのである。 たった、禊ぎ(身滌ぎ)(みそぎ)の祓い、一つでよい
これが自分の肉体を“形代(かたしろ)”そのものとして“上”との感応のために“禊ぎの祓い”を唱えよと○○○大先生の主護霊は述べているものである。

 ここから○○○大先生の著書は、悪霊に憑依されない、入り込まれない肉体に付いて話が波及していくが(肉体組織の結晶化)、人間は常に“上”との感応を意図して進化(霊的成長、神格化に向かうこと)のためのことをする、それは先回も取り上げた第十九話

神が与えた人間本来の特権である神の命を実行するものとなってこそ真の人間

この“神の命を実行するものとなってこそ真の人間”これは今回取り上げている文言に続く

このような術とか法とかいうもの…中略…仙道や天狗道やその他の道に入いらなくてもよいが、その教えの中で感付いたことをよく覚えておき、その道に伝えられる術に近付くべく身を以て努力するなら、必ずそれらを備えた立派な体となれる

この
道に伝えられる術に近付くべく身を以て努力する
そうするならば
それらを備えた立派な体となれる
これは第二十三話を読めばわかることだが、副題の“術と呪文と真言”、これは“上”との感応を意図するものであり、その感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)により“気血栄衛(營)”(取り込んだ振動で心(靈)と体が創り変わる)するのが進化(霊的成長、神格化に向かうこと)であり、そして、

仙道や天狗道やその他の道…中略…その教えの中で感付いたことをよく覚え…中略…その道に伝えられる術に近付くべく身を以て努力するなら、必ずそれらを備えた立派な体となれる

これが“神の命を実行するものとなってこそ真の人間”、この“真の人間”となるべく指標になるのだ、ということである。

 今回はこれくらいにしときまんねん。

“ローム太霊講話集”第二十三話 術と呪文と真言 Kellyさん的解釈“その六”


 先回の終わりで告知したように、今回は
術の扉を開いてくれる鍵(かぎ)
この文言が
そこであらゆる教えの道、と言っても…以下略…
に続き、
背後の霊を知るということ”、これを説明していらっしゃる部分を解釈する。

 まず、

あらゆる教えの道、と言っても…中略…宗教を指すのではなく、天狗道、仙道、仏仙道などの道についてである…中略…その道人やこれに協力している奇鬼神の中には術に長けた者が沢山いる…中略…この奇鬼神と道術を心得ている道人の一角を祈るならば…以下略…

これは自分が“”(“力”の顕現)を行使する際、どんな存在に対して息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)すべきか、という重要な文言であり、
祈りは必ず自分を守る守護神となって時に応じて助けて…以下略…
と結ばれ、それは、
術に長けた
その存在は
道人やこれに協力している奇鬼神”、
であり、これらが“力”を加えて援護するという意味合いを述べていらっしゃる文言である。

 これに続く、

汝等が自分の支配霊を重んじてこれと提携することが必要…中略…支配霊を通(とお)してその術に勝(すぐ)れた奇鬼神や道人に祈ることが、術を得る最短距離

”の顕現は、生業(なりわい)であるから“支配霊”が重要、そして“支配霊”は自分の“上”であり、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)ではないので、
支配霊を通(とお)し
ということが重要であり、そうするならばそれ事態が
術を得る最短距離
なのだという意味合いのことを述べていらっしゃるが、“上”を通して祈ることが大事であり、仮に“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)を通して祈るならば、二十三話の前半で述べておられた、

道に外(はず)れた術のあることも知って…中略…例えば、年功を積んだ動物霊などに可愛がられて急に力が付き有頂天になる人間がよくある…中略…非常に危険なことで、さんざ弄(もてあそ)ばれた揚句に捨てられ悲惨な結果になる場合が…以下略…

この文言自体は“その二”で取りあげたが、こうなり得るのだということをよく知っておかねばならないし、自分の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)、これは“思惑の顕現”=現象化のためのことであるが、それが“善(神格化の方向性と智性の受信)”なのか“悪(心の動きの本能化と低振動化)”なのかをよく見極めてから祈る=発振、発信すべきである。

 これに続く次の文言は、“上”を通してという条件においての感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)を述べていらっしゃる。

汝等は幸い自分の支配霊の名を知っているが、それが分らない者でも、背後の神霊の導きによって一つの祈りをするとき、自然と自分の体内にある力がむくむくと湧いてくるのを感じることがあるが、それは神の命によって力が授けられるものと考えてよい

重複するが、これは自分の“上”、これを通して祈るならば、ということが前提であることを述べておられ、その条件であるならば、
体内にある力がむくむくと湧いて…中略…神の命によって力が授けられるもの
この文言中の“神の命”は、第十九話

神が与えた人間本来の特権である神の命を実行するものとなってこそ真の人間と言える
これと併せて考えるべきである。

 これに続く、

為そうとする希望の一つ一つを手近に引き寄せ…中略…周囲の関係をよく調べ…中略…現在の自分の幹(みき)に結び付け…中略…幹から枝葉を出させるより更に短い期間にそれを茂らせる…以下略…

これは先の
術を得る最短距離”と同義であり、これに続く

それらのことを心得てゆくなれば、必ずその道人達は必要に応じて術や法の條文を即座に読み、現実に使える自分の力をその術に持ってくる

“上”である“支配霊”を通じて祈るならば、その祈りがまっとうな息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)であるならば、さらに“神の命”に沿っているならば、こうなり得るのだという意味合いの文言であるし、それが“支配霊の役目なので”と結ばれており、これ自体が
背後の霊を知るということ
の一環であることを太霊は述べていらっしゃるが、大事なのは“上”との感応、自分の祈りがまっとうなことなのか(“善(神格化の方向性と智性の受信)”か“悪(心の動きの本能化と低振動化)”か)、“神の命”に沿っているか、これをよく鑑みよ、という意味合いを持った文言である。

 次回は、“形代(かたしろ)”について述べられている文言の解釈、というよりも、○○○大先生自身が主護霊会で自分の主護霊に言われた事柄を交え、形代(かたしろ)、そしてそれを使った祓い、その意味合い、これについて述べることを告知して、今回はこれくらいにしときまんねん。



“ローム太霊講話集”第二十三話 術と呪文と真言 Kellyさん的解釈“その五”


 今回は第二十三話の中ほどで述べられている“真言”について解釈を述べる。 それは以下の文言である。

術にしても法(のり)にしてもその人間の力に応じて條文や呪文が役立つのであるが、これに対して、凡ての教えには真言と言われるもの…中略…これはその道の最高の教義ともいうべきもの…以下略…

 この“術にしても法(のり)にしてもその人間の力に応じて條文や呪文が役立つのである”この文言中の読み方として、まず冒頭の、
術にしても法(のり)にしても”、

これは“”を顕現することそのものと、“”の行使を通じて“法(のり)”進化の絶対の法則性の認識(悟り、幸取=さとり)の獲得、これをしていくのだと解するべきであり、これに続く、
その人間の力に応じて”、

これは先回解釈した
自分が人間として今日までに鍛錬し修行したその波動の中から生まれるもの、言い易えれば、長年納めた年貢米によって初めて神の免許(ゆるし)が得られ…以下略…
この文言の要素、その人間の“鍛錬し修行した”結果としての霊的成長度の程度、その霊的成長度における息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)、それによる感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)、そしてこれも先回取り上げた“一心に”、真摯な姿勢、誠意、これらが“”の行使において必須な要素であることを述べておられ、最後に“條文や呪文が立つのである”と括っておられることに気付くべきある。

 今解釈した文言の後に“これに対して”と前置きされてから“真言”、この表記に対し以下のように説明していらっしゃる。

1. “凡ての教えには真言と言われるものがある

2. “これはその道の最高の教義ともいうべきもの

3. “その一句を唱えることによって今まで現れていない力を開発してくれる

4. “これこそ一つの術の扉を開いてくれる鍵(かぎ)と言ってもよい

1.と2.これは“真言”の説明である。 
3.と4.は、“上”との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)によることであるので“唱えることによって今まで現れていない力を開発してくれる”のであって、“真言”そのものが“その道の最高の教義ともいうべきもの”なので“一つの術の扉を開いてくれる鍵(かぎ)”という言い方をなさっておられる。

 この“真言”は、“その道”において、高い“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)が人間に下したものであるからこそ“その道の最高の教義”なのであり、それを
その一句を唱えることによって

自分の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)によって、高い“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)と自分との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)が起きる

術の扉を開いてくれる鍵(かぎ)
であると述べていらっしゃることに気付くべきであり、これは今回取り上げている文言の後、
そこであらゆる教えの道、と言っても…以下略…”に続いている。

 次回はその部分を解釈することを告知して、今回はこれくらいにしときまんねん。



“ローム太霊講話集”第二十三話 術と呪文と真言 Kellyさん的解釈“その四”



 今回は、“”の行使と“神の免許(ゆるし)が得られる”、その資質と資格について述べておられる文言を解釈する

 まず、先回も取り上げた以下の文言、

「アビラウンケンソワカ」と三回唱えれば直ると、秘伝の本に書いてある。ところが実際にやってみると中々直らない…中略…それはその人間が術というものを知らないからで、この類の呪文は昔から数えきれないほどあっても、自分に合うものは容易に見当たらない

この“実際にやってみると中々直らない…中略…その人間が術というものを知らない…中略…自分に合うものは容易に見当たらない”に関しては、先回解釈した通りその呪文を使う資質がないからである。

 それで太霊は、

今の「アビラウンケンソワカ」にしても、それを唱えると同時にその言霊(ことだま)の波動がその元の神に通じて、その癒(いや)しの波動を受け入れることが出来るから火傷や歯痛が直るのであって、それでこそ術者と言えるのである

と述べておられる。

 この“言霊(ことだま)の波動がその元の神に通じ”の“言霊(ことだま)の波動”、これは息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)である。
 そして“その癒(いや)しの波動”、これは“その元の神”、あるいはその眷属、の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)である。
 そしてそれを“受け入れる”のは受信であり、感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)である。
 その“受け入れる”それには資質があるという意味合いの文言が“受け入れることが出来る”であって、“それでこそ術者と言える”=“”を行使する資質と資格を持っている、ということである。

 それで“言霊(ことだま)の波動”が“元の神”に通じない、それは先回取り上げた文言の
天狗道、仙道その他いろいろな道の指導霊によって授けられる術は、鍛錬に鍛錬を重ねて初めて現れる
この“鍛錬”が足らない、だからこそ“神の免許(ゆるし)が得られる”ということになり得ないので“実際にやってみると中々直らない”のである。
 それと
しかしそれとは別に、術の修行を全然しない者でも、その呪文を一心に唱えることによってその波動が神に通じ、患部の直る場合も往々ある
この“一心に唱える”、これは誠意であると言いうる。 
 だが、誠意だけではやはり“直る場合も往々ある”とはなかなかなり得ないと思え、これは“患部の直る”べく条件を“上”から観て具えている場合だけ、やはりこれは“神の采配”由来のこと、“上”が認める条件があってこそのことであると思う。


 それで“”を行使する資質と資格については以下の文言中で述べておられる。

この術が本当に身に付いてくると、そこに一定の法則が出来るから、名人とも言われる者は、それを高弟に伝えるために文章に書き残しておくことになる。これが法(のり)の條文であって、そこにはこれこれの術はこういうふうに鍛錬してゆけば出来るようになるということが簡単に記されている

これは一読すると“法(のり)の條文”の存在そのものの説明のように取る人が多いだろうが、それだけではなく、
術が本当に身に付いてくる
そうなったならば、“”を行使する資質と資格を持ちえたならば、
名人とも言われる者”は“法(のり)”を体得するので、それを“高弟”(弟子(でし)の中で、特にすぐれた者の意)に“條文”として“伝えるために文章に書き残しておく”と述べられていらっしゃるのであり、間違えていけないのは“條文”が“法(のり)”ではないということ。
 
 それで大事なのは“法(のり)”の体得、その認識(悟り、幸取=さとり)であり、これに関しては進化(霊的成長、神格化に向かうこと)における絶対の法則性であると解釈している。

 そう思う理由と根拠は、第二十一話の“天狗道”の説明において

彼らは術によってその道の法(のり)を得、天仙の域に近付こうと努力している

この“天仙の域”とは“衆生済度とか真理の探究”であり、これは“世為人為”(S会=紫光会の経文、四空経録の中の言葉)の具体的な高度な事柄であると思うからである。
 また“衆生済度とか真理の探究”に至るまでには“その道”において、右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をする、ということを幾度となく経験し、自分の在り方、自分自身の存在の意義、何のために自分は生きているのか、などを考えて考えて、そしてたどりつくのは、第十九話

神が与えた人間本来の特権である神の命を実行するものとなってこそ真の人間と言える

自分が行っていることが“神の命”に沿っているか、沿っていないから“神の咎め”を受けているのではないか、“神の咎め”自体が自分の在り方を示しているのではないか、だからこそ“神の咎め”は自分を育てる“神の采配”ではないか、これこそが“神の恩恵”ではないか、など、自分の在り方について鑑み、その上で“業行”(生業(なりわい)と“行”)を行い、“術”を行使していこうとするならば、必ずそこには先の文言の
術が本当に身に付いてくると、そこに一定の法則が出来る”、
この“法則”を見出し、その意は何か、なぜ法則があるのか、などと自問自答してさらに神と人間の関係を鑑み、そして自分が為そうとしていることは“衆生済度とか真理の探究”ではないのかと気づくものであり、この気付きがあってこそ初めて“法(のり)”の認識(悟り、幸取=さとり)、体得に至るものであると解する。

 前後するが“衆生済度とか真理の探究”は“世為人為”であり、これも第十九話
神が与えた人間本来の特権である神の命を実行するものとなってこそ真の人間と言える
これの、
神が与えた人間本来の特権である神の命
に相当し、それは先回も取り上げた第二十二話
術者はその術を以て人間のために尽せばよい
これが “真の人間”(まことのにんげん)と“上”が評価して認めうる存在になるものであると思うし、第二十三話の中の言い回し

自分が人間として今日までに鍛錬し修行したその波動の中から生まれるもの、言い易えれば、長年納めた年貢米によって初めて神の免許(ゆるし)が得られるのであって、これでこそ真の人間を完成することが出来る

ここまで解釈してきた“神の免許(ゆるし)”、これを得たならば“真の人間を完成”と述べておられることに気付き、ローム太霊講話集に縁のあった方はこの太霊の説明を厳に受け止め、自分の生き方や在り方を鑑みるべきであると思う。

 今回はこれくらいにしときまんねん。



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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
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